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2010年9月

2010年9月18日 (土)

松本人志監督「大日本人」

前回のエントリーでも書いたが映画館へ行けなくなっていただけでなく
映画そのものを見る回数が絶対的に減っていた。
育児とは、自分一人の時間がなくなることである。ある意味で。
そして、一度、その生活パターンが回り始めると
多少の時間が出来ていても、なかなか映画を見るとか
そういうことに戻れなくなっていた。私の場合。

さて、TSUTAYAの100円レンタルのキャンペーンの日に
これまた何年かぶりで利用したレンタルDVD。
借りてきたのは「大日本人」。
ダウンタウンの笑いは大好きだ。
1年ほど前に、精神的に相当きつい時期があったのだが、
友人が貸してくれていた「ごっつええ感じ」のビデオ10数巻を見て
何とか生きながらえていた。

この映画は上映当時、ずいぶん話題にもなってたし、
期待を込めて、DVDをプレーヤーに投入。

いや、もの悲しいわぁー。
日本人男子の行く末。
「父性の凋落」とでも言いますか・・・、何というか・・・。
これがまっちゃんの好きな「哀愁」なのだ。
「ごっつええ感じ」の晩年の傑作、「とかげのおっさん」に通じる。
悪人でもないが、「善人」とも言い難く、
人間がちっちゃいくせに、プライドを捨て切れてなく・・・。
離婚していて、10歳だかの娘に会える日について
「1ヶ月に1回くらい」だとインタビュアーに言う。
前妻に聞くと「半年に1回」だと言う。
リアルやわぁ~・・・。
これ笑うとこかなぁ、ってぎりぎりの線で笑ってしまう。

それだけじゃなくて、伝統にしがみつく滑稽さとか、
妖怪を倒すという設定の幼児性とか、
妖怪の映像のグロ&キモさとか、
鮮烈に記憶に残る映画である。

総括すると、建前の後ろに絶対あるはずなのに
普通は見せない部分をえぐろうとしている、ということだろか。
たとえば、ヒーローが巨大化する設定で、
着ている衣服は一緒に巨大化しないはずだから、
小さい状態で、巨大なパンツの中に入ってから、巨大化する、とか。

最後に私が個人的に印象に残っているのは、
巨大化した大日本人の体のアンバランスさ、である。
首、とか肩のラインが絶妙なバランスで気持ち悪く仕上げられている。
腕のちょっと短いところとかも、
全部のパーツが生理的にちょっとずつ気持ち悪い。
やっぱりまっちゃんが考えたんだろうか、あのバランス。
それだけ取ってみても、やっぱ天才やなと思う。

でも不思議。
「とかげのおっさん」は面白いから何回も見たいと思うけど、
「大日本人」は哀愁が強すぎるし、映像がキモいし、
あと1回見ろ、と言われたら見るけど、3回目は断るかも。
きらいってわけじゃないけど。

2010年9月14日 (火)

劇場で見たい「借りぐらしのアリエッティ」 Karigurashi no Arrietty

4年前に妊娠、出産して以来、映画館で映画を見ることをしなくなっていた。
最後に映画館で見た映画が何だったか・・・思い出せないくらい。

ごく最近になって映画館で映画を見たくなった。
その気にさせたのは、ジブリの「借りぐらしのアリエッティ」。

主人公が小人であるからには、
小人の視点から見る巨大な人間世界を感じるには
やはりあの大きなスクリーンで見なくては、と思ってのことだった。

息子が幼稚園に行っている間、何の予定も入ってない
とある日、家から一番近い映画館へ一人で出かけた。

実際、映画が始まってみると、映像は思ったとおり、
庭に生い茂る葉っぱも、大きくワサワサっと迫力。
それ以上に「あっ、これはやられたなー」と思ったのは

だった。
そういえば、宮崎駿監督がハイジに出てくるヤギの首の鈴の音を
スイスに録音しにいった、とか何とか。
そんなことを思い起こした。

今回の作品は、宮崎監督ではないけれど、
映像も音も「小人から見た世界」の感触を
繊細に伝えることに成功していたと思う。
私たちが日常の生活の中では見過ごしたり聞こえなかったりするものが
どっしとワッサと存在感をもって描かれていた。
(実際にぜひ映画館で見てほしい!)

ビデオはもちろんネットでも映画を見ることができる
今日この頃、映画館に足を運ぶ人の数は減っているだろう。
「アバター」のような3D映画で、客足が戻ったりしてるらしいけど、
なんというか、そういうテクノロジーに頼らなくても
こんな風に「あー、映画館で見てよかった!」と思わせる
映画が作れるんやなぁと感慨深かった。
でも、ジブリで「映画館への客足を戻すために」とか
そういう意図は意識的にはないのではないかと想像する。
伝えたい世界を追求していたら、こうなった、のではないか。

私個人的に特に気に入ったのは、
アリエッティの家の内装だ。
あー、あんな家に住みたい!
素敵な色あいで自然のモチーフがいっぱいで手作りで・・・。
あああ。惚れた。
庭は大きい方の家の庭が、植物の生命力があふれてて
刈り込まれてなくて、小人が暮らしやすそうで・・・素敵・・・。

私は去年の秋に郊外に新築建売の戸建を購入し、引っ越したのだが、
庭というか家も家の周りも新しくて「のっぺり」してて
まだ自分の手垢がついてなくてよそよそしい感じで、
住みこなしてる感が出てくるにはあと5年はかかるかな、とは
思っていたけれど、
目標、「アリエッティが暮らしやすい家づくり」に決定。

それから、やっぱお父さん像が素敵やったなぁ。
生きる力のある優しく厳しいお父さん。憧れる。
アリエッティの年ぐらいの時に、
大人になる儀式としての「借りに行く」みたいなことを
お父さんに導かれて、それも娘が果敢にやり遂げる、っていいなぁー。
胸キュン。

それと、アリエッティの、その大事な日の服選びがまたよかった。
家族の重要な役目を果たして大人になっていく、ってことは
「女の子であること」を否定するってことじゃないんだよね。
自然でいいよねって思えた。

最後に、声優陣の中で抜群だと私が思ったのは
お母さん役の大竹しのぶ。
優しいんだけど心配性でちょっとか弱げなお母さんの
いい~味が出てて、ちゃんと「化け」ていた。
「ハウルの動く城」の木村拓哉もよかったように。
そういう感じ。

これからも映画館に映画を見に行こっと。
レディースデー万歳!

2010年9月 9日 (木)

Haruki Murakami's "1Q84"

村上春樹を読んで、20年。
「1Q84」BOOK1、2を、この4月と5月にやっと読んだ。
(BOOK3はまだこれから)

本が売れないという時代に、驚異的な売れ行きであることも、納得。
とにかく、読むのを止められない。
次、次とページをめくってしまう。
所々読むスピードが加速しすぎるぐらい。

世界中でこれから大ベストセラーになっていくだろう。
今まで村上春樹を読んだことがなかった人も、
他の著作を読んでみて、いまいちの感触だった人も、
この本にはひきこまれるらしい。

20年ずっと読んできた私が感じた、今までの著作と比べて、
特に何が人を引きつけるのかという点に対する感触は、

  • 文体が研ぎ澄まされて、今まで通り厚みがありながらも、とても読みやすくなった。
  • 見過ごせない社会の問題が幾つも何層にも織り込まれていて、そのうちの幾つかが自分の身に突き刺さるものである。
  • 戦いに立ち向かおうとする主人公の一人が、今までの長編著作とは異なり、女性である。強靱な精神と肉体を持つ彼女の「冒険」と「戦闘」の姿が凛々しく鮮やかである。

あぁ、その魅力を挙げ始めるときりがない!
昨夜、寝る前に「考える人」という雑誌に掲載されている
「村上春樹ロング・インタビュー」を読んでいて、
改めて、「1Q84」が残した自分の中の余韻を呼び起こして
味わい直していた。

自分が所属している「システム」を疑ってみるということを始めると、
知的レベルでなら、まだ何とかなるが、
心・精神のレベルで疑い始めると自分自身の存在を問うことになり、
ぐらぐらと揺さぶられて足下が崩れそうになる。

私は幼稚園、小学校から大学まで、
教育というシステムの中でいつまでも消えない「違和感が残る体験」がある。
たとえば、小学校の時に、何ヶ月かに1回「班分け(はんわけ)」というものがあった。
まず班長が立候補し、教室の前に出て、自分の好きなクラスメートを
順番に一人ずつ「取っていく」。
1つの班は4人で、40人クラスなら10個の班ができる。
最初に10人の班長が名乗りを上げ、まずは1番仲良しの子を一人ずつ名指しし、
教室の前の自分の横に呼び寄せる。
10人の班長がそれを順に終えると、2番目に仲良しの子をまた一人ずつ呼ぶ。
「花いちもんめ」じゃないけど、なんて残酷なやり方やねんと今では思う。
最後の一人になる子がいる。
最近ケンカしたからと言って、いつもは同じ班になるのに外される子がいる。
1年間、同じクラスで共に過ごすんだから、
40人のいろいろな個性の子達全員とクラス活動が共にできるように
シャッフルして総当たりになるように教師が組んだらいいんじゃないか。
でも、この思い出の一番苦々しい部分は、自分がいつも班長になって、
「班取り」を何の疑問もなくやっていたという事実だ。
センセイ、あの「班分け」活動の教育的目的は何だったのですか?
なぜ私は、あんなことを毎回やったのでしょうか?

と、まあ、こんなエピソードは序の口で、
今でもありありと思い出す、「違和感」の数々。
家族、親、教師、学校、上司、会社、行政、政府、
いろんなシステムに対して、文句を言う術すら知らなかった優等生だった私。

振り返って、ごちゃごちゃの気持ちになる。
そして40歳で、1児の母親であり、職業的にも教師である
今の自分が、システム側にいてしまうという事実にとまどっている。

村上春樹を読むと「揺さぶられる」。

でも、その女性主人公「青豆」が鮮やかであるように、
「怒り」と「行動」がどこかに繋がるんじゃないかという希望を見せてくれる。

パラレル・ワールドのことについても書きたかったけど、
一旦ここでストップ。
(上記の内容を書くのに精神的に疲れた)

昨年5月に癌で他界した私の姉も村上春樹が大好きだった。
BOOK1と2を、5月の1回忌にお供えに持って行った。
姉はどんな感想を持っただろう。
BOOK3も近いうちに届けるね。

2010年9月 6日 (月)

fragile internet world

今まで、MSNのWindows Live Spacesでブログを書いていた。
ある日、アクセス情報が突如消え、
運営会社から何の説明もないまま、ネットで調べたところ、
アクセス情報は「停止」、復活の予定もない様子。

もうこのブログサービスは会社にとって「やる気がない」のか
初期設定を不便にしておいて、付帯サービスを求めるように仕向けているか、
そういう方向なんだろうか。

何か脱力・・・。
ブログを書いたら、アクセスを知りたいのが人の情ってもんでしょ。
なんで勝手になくすねん!
何の説明も無しってひどいワー。
ご立派な大企業さんなのにね。
正直、がっかり。
ある意見では、Spacesのブログサービスは続けるなら、
いつ打ち切られてもいい覚悟で、というのがあって、
なるほど、と思った。

で、これを機会に、こっちに新しいブログを始めてみることにした。
ユーザーのとるべき行動は、「そっちがそう出るなら、さようなら」というところ。

ここを選んだ理由は、アクセス解析がしっかりしてること。
前のブログよりも、もう少し自由にいろいろ書けるように、
テーマも絞らないことにしてみた。

よろしく、ココログ。
初めての投稿よん。

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