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2011年4月

2011年4月28日 (木)

clover

夜、寝返りで布団から体が出てしまっても寒さで目覚めることが無くなってきた。
昨日の朝は暑いくらいだった。
日中は春の暖かさを感じるようになってだいぶ経つけど、今年は雨が多い!

この1ヶ月でウチの植物達は急激に成長・変化していて、春の息吹というか植物の生命力を日々目の当たりにしている。

ウチは庭という程のスペースは無くて、駐車スペースの端のコンクリートが無い部分(20センチくらい?)を元々施工されてた砂利を取り除いて土を耕して、去年の秋にクローバーを中心に植えてみたのだ。(これが現状の写真↓)

Clover

小さく可愛く伸びていたクローバー達は冬の間は成長が止まっていた。
ところがだ、3月の下旬頃から、去年のうちは芽を出さなかった分も含めて全てが、急激に伸び始めた!
あまりにもたくさん生えてきて葉っぱの部分が我も我もと争って、長いもので30センチほどもある。
多少間引きもしてみたが、その下からまた新しい小さなものまで伸びてきている。
葉がワッサワッサしていて、ちらっとめくってみると、ダンゴムシやらうねうねする虫たちがいっぱい棲息している。
ちょうど息子の「こどもちゃれんじ」でダンゴムシについて読んでいたから息子を呼んで見せてあげた。
この辺でかがんでいると「みどり」というか「青くさい」植物のにおいがする。
ローズマリーもしっかり成長しているし、一番手前にあるネコヨラズというハーブも
「猫が寄らない」という独特の香りを放っている。
コイツも春が来てからグググイっと伸びて、去年、苗で植えた時の2倍以上の高さになって、初めて花も咲いた。
去年は近所の野良猫ちゃん達によくうんちをされていた場所だけど、土が見える場所が全くなくなっちゃったから、もう来なくなった。
背の低いピンクの花はナデシコ。
テレビで観たダンナが「これ植えて」とリクエストしてきたモノ。
宿根草を選んで苗を買って植えたところ、こちらも春からまた花がどんどん咲いている。
株もどんどん大きくなって、隣のクローバーと押し合いである。
クローバーを少し刈ってスペースを作ってあげた。

奥に植えてたバジルは、けっこう早いうちに虫にくわれてしまったし、ダンナが「猫のおしっことかかかってるかもしれんから食べたくない」と言うので、収穫も目指してはいなかった。
根っこから抜かないうちにクローバーに埋め尽くされてどこにあったのかもう見えない。

さて、そのクローバーだが、元々は何を植えようかといろいろ本を読んだりして考えてた。そんな時に出会ったのが、村上春樹著の本で紹介されていた「Born to be blue」という歌の歌詞。
live in cloverというのだけど、「裕福に暮らす」というような意味の熟語ということだ。
さらにクローバーについて調べていくと、畑に植えておくと、根っこに窒素ができて土壌が良くなるという。後で何か植えて育てたいときは、そのまま耕せばいいということだ。
そういうところから、live in cloverという熟語が生まれたんじゃないかなと推測。

「グラウンドカバー」と言って、背の高い植物を植えた下のあたりとか何も生えてない場所に地面をカバーする背の低い植物を植える。芝生やセダムが主流のようだけど、うちはクローバーにしようとそんなこんなで決定し、種から植えた。

それが、こんなにでかいクローバー見たことない、とご近所さん達にも驚かれている。
私自身もびっくりしているけど。

先日は、ご近所さんに去年もらっていたひまわりの種も植えてみたけど、どうなるかなぁー。

玄関の周りには鉢やプランターで宿根ペチュニア、ラベンダー、花ほたる、イチゴの苗とか植えて今のところ大体順調に成長し花をたり咲かせたりしている。イチゴが収穫できるのか?息子も楽しみにしている。イチゴ大好きだもんね。

ガーデニング、というか植物のことは雑誌で情報収集したり、コーナンで見て後でネットで調べたり、ぼちぼちとやっているけど、この季節はがぜん楽しい!

この前の週末は、駐輪場の庇を作った時の残りの板で、2個目のエアコン室外機カバーを作った。息子に初めてのこぎりを使わせてあげてみた。一緒に何枚か切った。息子は喜んで、「一人でもう出来る!」って言ったけど、それはもうちょと待って-と説得。
あ、この辺の話はDIY話としてまた書こうかな。
最近本の感想か重い話ばっかり書いてたもんなぁ。

あー、昼ご飯食べて仕事に行かなあかん-。

2011年4月22日 (金)

河合隼雄・茂木健一郎 著 「こころと脳の対話」の感想

こころと脳の対話

これも図書館で予約してた本。
予想以上にツボにはまった。
はまりすぎて久しぶりに本に付箋を貼った。

茂木さんはもちろんテレビでも有名だけど、私は、Twitterを初めて以来、「恋に落ちた瞬間の話」とか「子供の頃の夢の話」をふって、ラジオ番組のようにフォロワーと対話してくれる茂木さんの真摯な文章を読んでいるだけで癒され元気づけられている日々で、最近になって著作を読んでみようと、これで確か3冊目。

河合隼雄先生は、ご存命の頃から村上春樹との対談とか文化庁長官とかもちろん注目してたんだけど、今回、心理学的な内容がここまで自分にすーっと&ぐぐぐいっと入って来たのは私の精神状態の方が変化してきているからだろう。そういう話を強く求めているし、コトバで伝えてる内容とコトバの周辺にあることの両方までを理解できるような年齢に達したということかな。年の功。

お二人ともテレビを通して見てたから、お二人が会話してる様子がありありと目に浮かぶ。茂木さんが興味をひかれて乗ってる声の調子とか聞こえてくる。

では、私がぐぐっと来た、いくつかのトピックを挙げてみる。

  • 夢とはどういうものか
  • 箱庭療法で表現されるもの
  • 無意識の領域
  • シンクロニシティ
  • 関係性を扱う
  • 河合先生のカウンセリングのすごさ

こう挙げてみると、ほぼ本のまるまる1冊、全て面白かった、ということか!

河合先生のカウンセリング、受けてみたかったなぁ。
いくらご存命でも、そんなことはなかなか叶わなかっただろうけど。

そうだ、付箋を貼った部分を紹介したい。
河合「・・・話の内容と、こっちの疲れ具合の乖離がひどい場合は、相手の病状は深い」
これ、確かに!と思う。
ある人と普通の話を普通にしているのに、なんかとてつもなく疲れるとしたら・・・。
まあ私はカウンセラーではないので、相手の何かと私の何かの関係性の問題かもしれないが、感覚としてはなるほどと思う。

もう1箇所は、(河合先生がカウンセリングで)一生懸命話を聞いているのにどうしても眠くなる人がいて、それをその人に伝えると、「わかります。一番大切なことを言っていません」と言ったという話がある。
これに関してはまさに私もこのブログで両親や姉のことを以前書いたけど、その前提を表明してないと私の書いている文章の基幹が不明なままでは、読んでても分からんやろうし、自分も書いていて行き詰まるからだ。
まさしく河合先生の仰るとおりである。
というわけで、誰かの話がなんだか分かりにくい時は、根本的な非常に大事な事が言われてないまま進んでしまっているのかも、と勘ぐってみるのは1つの方法だ。

でも、この本の中でもお二人が仰っているけれど、
「分からない」ということを簡単に分かるものに変形してしまわないで、
分からないものを受け止めて見つめつつ、分からなさの中に何かを感じたりすることが大切なんだなと実感する。
茂木さんは現代には「わかりたい病」が蔓延していて、その不安があると言う。
わかりやすさって求められてるなぁ、確かに。
それ自体は悪いことじゃないんだけど程度と認識の問題かな。

たとえば、分かりやすく説明された100%理解できたコトの後ろには、説明できない何かが膨大にあるだろう、という姿勢で聞いておく。そして、説明できない何かを知りたくて一生懸命勉強しても、そのうちの何%かは決して知り得ないモノかもしれないぐらいに思っておく。
じゃあ自分はどこから手をつけるのか、どう向き合うのか。
というようなことだろうか、と、私なりに理解した。
「わかりやすさの罠にはまらない」ように。

というわけで、ブログの文章が独りよがりかもしれない、伝わってるだろうかというチェックはするようにしてますが、わからなくてもいいのだ!と心の10%分ぐらいは開き直ろう。

2011年4月19日 (火)

春はいろいろ

この週末は、リオが「ぜひ」というので、近所の桜の名所に花見をしに行った。
風に小さく白い花びらがハラハラと舞い散り、ピンク色の小道が素敵だった。
リオがうっかり落としたチキンに鳩がやって来てついばみ始め、リオは鳩のえさやりにはまってしまっていた。食べ終わってからは鳩のうしろをついて歩いて、鳩が早足で逃げるのをおもしろがっていた。
歩く時はそんなにころっとこけなくなってきているので、数メートル離れていっても私も自分のペースで食べ続け、かわいい息子の後ろ姿に見とれていた。

幼稚園の新年度は思ったよりは無事にスタートした様子だけれど、帰宅したあとに
「今日、幼稚園で何してたん?」と聞くと「わかんなーい」ばかり。
新しい組になってまだ落ち着かないのかも。
春休み中に、おしっこがぎりぎりになってパンツを濡らすことがなくなったのに、ここ数日また幼稚園でやってしまっているようだし、おねしょも復活。
月曜日には「幼稚園行きたくないな」と言う。
でも、話せば納得していくようになったので、去年と比べたら格段の成長だ。

昨日は幼稚園でトマトの種を植えたんだって。
自分からママに言ってきたから、それはよっぽど嬉しかったんだねぇ、きっと。

そう言えば、この4月からリオが乗る幼稚園のバスポイントに新しい子が3人増えた。
そのママにリオが去年の4月は、幼稚園に泣いて行きたがらない日があったとか、
塗り絵してて少しでもはみだしたら泣きわめいてた、とか、そういう話をしてたら、
自分で「あ、いつの間にか1つ上のステージに上がってたんやなぁ」と気づいた。

私自身、気温と日差しの温かさで、体調がずいぶん上がり調子で、今まで体調不良で「できてなかったことたち」(古い子供服の処分とか)をやったり、庭の花を挿し木したりしていた。

でも偶然テレビで言ってたのを聞いたんだけど、春は要注意。
あー、そうやったなぁ、と改めて思う。
私としては、いろいろな変化を吸収しなきゃいけないし、自分の体調がよくなると、できてないことへの不全感みたいなのがあがってくるから、「できたらもうけもん」って感覚をちゃんとつかんでおかなくちゃ。

加えて今年は大震災の影響も有り。
この1ヶ月あまり、気持ちが落ち着かないまま来た。
もちろん浮ついた感は徐々に下がってきてはいるけど。
ただ、これは人間の危機に対する本能の警鐘として、自分の中に引き受けようと思う。
眠っていた感覚が「覚醒した」のだ、という解釈は確かにあてはまる気がする。

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2011年4月14日 (木)

内田樹・名越康文 著「14歳の子を持つ親たちへ」感想

昨日は4週間に一度の図書バスが近所に廻ってくる日。
午後、ダンナとケンカしてしまい、あやうく行くのを忘れかけて、終了時間ぎりぎりに予約した本達を連れて帰宅。
ケンカのモヤモヤを打ち消したい気持ちもあり、夕食後、最も心から読みたい本をまず手に取ってむさぼり読む。

14歳の子を持つ親たちへ

内田センセイ名越センセイの教育に関する対談。今私の中の旬のBIG TWO。
お二人それぞれの他の著作を読んでいるときも私は「せやねんなぁ」とか「あ、そういうことかー」とか、言ってはることがとても分かりやすいし、共感する部分が多い。
そのお二人が織りなす対話という点で、私にとってはモダン焼きの妙の如く、楽しんだ。

お二人とも、一応「教育」というトピックについて語っているんだけど、
そこにとどまらず、人間とか社会という大きい枠組みがいつも見えてて、
かつご自身の体験に基づいたリアルな実感を伴う話も多くて、
big pictureとsmall pictureの行き来が心地よい。

いくつか本文から抜粋して紹介したい。

内田「・・・単純な二元論ではなくて、「正常」であることのうちに「邪悪さ」があらかじめビルトインされているという全く新しい人間観に基づいて、行動を制御するノウハウを作り出していかなければならない。」

内田「起源において、人間的なものはすべてある程度政治的なんだけれど、その起源における「作為性」を僕たちは忘れてしまう。」

名越「・・・今ここのコミュニケーションが上手くいっているなら、その連続が結局は本質になっていくわけだから。」

ここ最近ずっと感じていることだけど、メディアが発するものに限らず、社会で一般的に言われている定説や常識や目の前で起こってることの裏にあるものを知りたいという思いがある。
二元論でしょ、建前論でしょ、物事の表面でしょ、それは、って思う時に、じゃあって、いろいろと自分で考えるけど、こういう本を読んでいると、「あっ、やっぱりそうやんね」って思う。

また、こうやって文章を書くときにも、常套句とかおきまりの文句をなるべく使わないでどうやって表現するかという課題に毎回直面するんだけど、センセイ達の鮮やかな妙技にほれぼれもする。

今日も睡眠不足だけど、さて、仕事に行こうっと。

2011年4月 8日 (金)

「いじめの構造」 内藤朝雄 著 Mechanism of Bullying by Asao Naitoh

どえらい本を読んでしまった。
図書館で借りてて、先週は地震後の精神不安定からか、目次と最初の数ページに目を通しただけで吐き気がする気がして、それ以上読めず一旦置いた。
今週になって返却期限も近づいたこともあって、読み始めた。

いじめの構造」  

サブタイトルは「なぜ人は怪物になるのか」。
これは私がずーっと昔から、たぶん幼い頃から知りたかった謎だ。
心理学の本をいろいろ読んで多少はヒントを得てきたが、この本は決定的だ。

たとえば、犯罪者になってしまった人の場合だと、生育歴とか性格傾向なんかが問題になると思うんだけど、私が恐いと思っていたのは、「いじめ」のように、ごく普通の人が集団の中で、本人の「意志」と呼んでいいのかも分からない状態でいじめに荷担していくようなケースだ。それが行き着くところまで行くとオウム真理教の地下鉄サリン事件のようなことにも至る。

この本では、「いじめ」のパターンの分析、それが起こる条件、そして被害者の分析、最後には(救いとなる)解決策が書かれていて、図式やチャートを使って大体においてとても分かりやすくなっている。

ひさしぶりに声を大にして叫びたい。
多くの人にこの本を読んでほしい!
私は4歳の息子がいる。
小学校、中学校でいじめにあわないか、加害者にならないか、一般的に親なら多少は気になるはずだ。

そして、自分自身を振り返って・・・、
学生の時にいじめられたことも、かるくいじめっぽいいじわるをしちゃったことも
学校生活が居心地悪かったことも、いろんなことが合点がいく(That makes sense)。

そして、私は考えている、村上春樹が描いてきた小説世界のことも、このフレームワークを通して、もっと見えることが出てくる気がする。

それに、今回の震災の後の政府の対応やいろんな反応を見ても、浮かび上がることがあるみたい。

ああ、今日は息子の幼稚園が早く終わるからお迎えに行かなきゃ・・・。
続きは次回。

2011年4月 6日 (水)

共感疲労 compassion fatigue

先週から引き続き、夜、寝付きは悪く、中途覚醒もあり、鮮明な夢も見ている。死んだおじいちゃんとおばあちゃんが出演したり。夢の話ばっかり書いても飽きるので、ちょっと違う話。

ネットで出会った言葉。「共感疲労

精神科医の香山リカさんが紹介していた。
今回の震災のケースであれば、被災した人、亡くなった人達の事を考え、つらくなったり涙したり、それ自体は自然なことだと私は思うけど、問題が長期化していることもあり、被災の報道を見過ぎてPTSDになるように、共感が度を超して疲弊状態になってしまうとのこと。
これはまさに私が普段から陥りがちな状態じゃなかろうか。
だから、今回は被害・問題の規模が桁違いだとわかり始めた頃から、テレビの報道をあまり見過ぎないように、感情移入が起きすぎないように意識して気をつけていた。

もう1つ言うならば、私自身は気になったことの映像や音の記憶が鮮明に蘇りすぎるのではないかという疑いを持っている。
ウチの息子も寝がけにこわい夢を見て眠れないことがあると以前のエントリーに書いたけど、今回、私はなるべくショッキングな映像などを見過ぎないよう制限はしたが、それでも、不安な気持ち、落ち着かない気持ち、死者に寄せる思い、などはやっぱり夢に形を変えて登場しているという気がする。

痛みや感情や記憶のあり方は、自分にしか分からない。
私とあなたと隣の誰かさんと同じか、はたまたどのように違うのか比較することができない。(言葉を尽くして表現しても表現方法に違いもあるし)

私は私という「マシン」しか操縦したことがない。
私のマシンが「痛い」状態と、隣の誰かさんのマシンが「痛い」状態の、その「痛み」の違いはたぶん意外と、思ってる以上に大きいんじゃないかと思って、自分のマシンのことを知ろうとしている最近の私である。
「共感疲労」と言った「新しいコンセプトの登場」=「名づけ(Labeling)」は有効だと思う。
あ、これもしかして自分にあてはまるかもしれない、と思ったら、少し注意して自分の様子を「観察」してみる。困ってたことがより明確に浮かび上がって来たら、それに応じて対応を工夫したりする。

天才、松本人志がよく言う。
「自分が思ってる以上に○○やからね!」
そういうことは往々にしてあるのだろう。
自分の感覚をちょっとだけ疑う意識をもっておくことだ。

それにしても、原発に対する私の不安の全てが共感疲労ではない。
自分に直接ふりかかる潜在的な脅威として迫ってきている。
目に見えないこの脅威をどう考えるか。
私は、Twitterで紹介されてて知った、武田邦彦さんのブログが参考になると思って読み始めている。
考えすぎてもダメかもしれないけど、考えないのはやっぱりダメだと思う。
心配しすぎても良くないかもしれないけど、問題から目を背けっぱなしは危ないと思う。

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