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2011年9月

2011年9月30日 (金)

ヴァーチャル本棚 virtual bookshelf

昨日、「私のアジト」というブログのmacoさんから、コメント欄を通じて「好きな本ベスト3」について書いてほしいとのリクエストをいただいた。私もそういうの好きな方なので、「お安いご用」と引き受けて、頭の中であの本とあの本と・・・、と考えていたら、なんと偶然。心の師匠、内田樹センセイのブログの新しいエントリーが「若い読者のための選書60冊」で、
内田センセイが選んだオススメの本がダーッと紹介されていた。嬉しいシンクロ。

私ゃ、もう「若い読者」ではないけれど、トライしてみたい~。
結構難しそうなのが並んでいるけれど・・・内田センセイがオススメしてはるんだもん。
村上春樹と「陰影礼賛」以外は読んだことない本ばかり。
説明を読んで、1番興味を惹かれたのは、クロード・レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」。

私は本を読むのが好きだけど、今は自由になるおこづかいが本当に少ないので
徹底して図書館利用を優先している。
金が無い時ゃぁ時間が余る。
読める時間がある時が読み時だ。

そんな私の読書スタイルというか読書ライフについて書いてみたい。
どなたかの参考になれば幸いである。
文字ばっかりで行間もあまり空けてないこのブログを読んでくださる方は
活字を読む習慣がおありだろうと推察しての判断である。

じゃ、さっきの「悲しき熱帯」が図書館にあるかどうか調べるところから。
まずは、スマホ=Androidケータイにインストールしてある「Libraroid」というアプリを開いて、
「悲しき熱帯」と入力して検索する。

このアプリは本当に優れもので、自分が利用している図書館の蔵書とAmazon.co.jpのレビューを同時に見ることができる。蔵書があるなら図書館の予約もクリック1発である。
キーワードで検索して借りようかなと思って、Amazonのレビュー見てみて、ケチョンケチョンに書かれてたら
読まなくてもいいかなぁという判断材料になる。
検索した本の表紙が表示されるので、読んだこと・見たことのある本がヒットした場合、直感的に
「あ、この本知ってるわ」と把握できるのがまた素晴らしい。
必要なことは、インターネット予約を図書館で使える状態にした上で、
自分のIDとパスワードを初期設定で入力しておくだけ。

今回の「悲しき熱帯」は、中央公論新書の「中公クラシックス」というシリーズで、1巻2巻と分かれているものが
豊中市立図書館にあるし、予約も入ってないというデータが出てきた。
今回はAmazonでレビューは見る必要なし。内田センセイのオススメだもの。
あとは本のマークのアイコンをクリックしたら、「予約完了」。
ケータイでアプリ開けてから、ハイ、おしまい、まで10秒ぐらいだったんじゃないかな。
来月の図書館バスでピックアップできるだろう。
あー、楽しみ~。

豊中市立図書館ではインターネット予約の上限は10冊。
そうやって予約しておいた本を月に1度、近所に来る図書館バスで借りてきて
次の図書館バスが来るまで、1ヶ月かけて読む。
今月はハードカバー約10冊。実用書がほとんど含まれていないから、活字がいっぱい。
読書の秋にふさわしい。武者ぶるい~。

こんな感じで、地元の図書館を自分の「拡張本棚」だと考えて、
読みたいと思った時に取りに行く、という感覚だ。
実際の本棚と違って、そこには「待つ時間」が存在するけれども、
実際の本棚とは桁違いの範囲・冊数から選べるわけだし、
手元に「読むべき本」は手元に既に10冊以上積み上がっているわけだから、
どうしても急いで手に入れて目を通さなきゃいけないと思わないかぎり待つことは全く問題ない。
レポート書いてるわけじゃないんだもん。

そして、読み終わった本は、booklog(ブクログ)というインターネット上のサービスに登録する。
すると、「私の本棚」に本の表紙が見える状態で並んでいく。
今年からこのサービスを使い始めて、ますます手元に実際に本を置いておく必要性を感じなくなってきている。
次々と新しい本を読んでいる状態で、前に読んだ本を読み返すことは少ない。
どうしても読み返したい時は、また図書館で借りるか、本屋に立ち読みしに行く。

このbooklogというサービス、他にも、読書好きにありがたい便利な機能がいっぱいついている。
感想を書く、シェアする、引用文を残す、シェアする、
月ごとの登録冊数をグラフで見ることもできる。
数が増えていくのは何となく嬉しいものだ。
最近はキーワードで著者名などを登録しておくと、新刊発行が決まった時点でその情報をメールで送ってくれる。
「読みたい本」に登録しておくこともできる。
Androidケータイのアプリ版もあって、私も入れているので、パソコンが開けない時でも外出先でも自分が登録してある情報をみることができる。私の読書時間は息子を寝かしつけた後12時から2時の間くらいで、布団の中で読み終わった本を、その場で「読み終わった本」に入力することもできるわけである。

パソコンでこのブログを見ている方は、左上のbooklogアイコンが見えますよね。
そのアイコンの左下の小さい家のマークをクリックすると「私の本棚」を見ることができますので
ご参考までに。

私の叔父もすごい読書家で、仕事は工務店をやっているので、自分の部屋の壁に本棚を造り付けにして、
床面から天井高まで、びっしりと本を並べていて圧巻である。羨ましいかぎりだ。
それでまだ空いているスペースに本を入れられるようになって、叔父は満足そうだった。
でも、そんな造り付け壁面本棚って、やりたくても実現可能な人は限られていると思う。

私はヴァーチャル本棚で行きます。
ありがとう、Libraroidとbooklog!

火事や地震で万一家が無くなったとしてもヴァーチャル本棚は残るだろう。
私が急にポックリ逝っちゃったとしても、成長した息子が後にこのヴァーチャル本棚を覗いて、人生のヒントを見つけてくれるかもしれない。

2011年9月27日 (火)

ウインナおじさん直伝!

ウインナおじさん直伝

以前のエントリーで紹介した、ウインナおじさんこと池原秀和くんのウインナ飾り切り教室に行ってきた。
西宮北口のガーデンズ内のNHK文化センターにて開催。
私たちの地元だ。
一人、子どもさんが病気で来られなかったけど、同窓生が私を含めて4人出席していたので、
まるで高校の家庭科の調理実習のような感じがして不思議だった。

まず、教室の正面の講師のテーブルに、写真に写っている「ウインナ・ガーデン」とでも呼びたい
飾り切りの見本が既に作られていて目をひいた。
動物だけじゃなくて、花や虫まで。
そして、ウインナだけじゃなくて、野菜もキレイに飾られている。
芸術の粋だわ、これは。

最初の伊藤ハムの広報の方の挨拶はきっちりとマジメに始まり、池原君にバトンタッチ。
すると、話術というか昔からの池原節は健在で、張りのある良い声でマジメにしゃべり出したかと思うと、
ぽろりぽろりと笑わせてくれる。
最初のボケは「本日は、予約の取れない飾り切り教室へようこそ。」
自分で言うか~。(^o^)

他には、ちょうど写真に写ってるように
4つのテーブルに4人ぐらいずつ座ってグループになってたんだけど、
「じゃ、班の名前をこちらから、A、K、B、ここ研修生、ね。」とか。
みんなを笑わせて、場を和ませてくれる。


あ、話芸より飾り切りの話がメインだったよね。
挨拶が終わるとさっそく簡単なレベルからスタート。
1つ1つ、池原君が前でやり方を説明しながら見せてくれる。
説明が終わったらその都度、各自テーブルに戻って、自分でもやってみる。

ウインナでタコさんぐらいなら、多くの人が作ったことがあるだろう。
包丁を使えるなら決して難しくはない。
動物だって・・・と思っていませんか?そこのあなた!
私も軽く構えていた、が、最初のウサギ、ネズミ、くらいなら、確かに難しくはないけれど、
ブタ、ゾウ、チューリップ、コアラ、クワガタ等と進んでいくと、思ったほど簡単ではなかった!

お手本を先生が見せるときはホントに簡単そうに1,2,3って感じで仕上がるんだけど、
自分でやってみると包丁の一つ一つの動きの結果を考えなきゃいけない。
包丁を入れる角度、どの辺りを切るかという長さ、ウインナのどの部分が動物のどの部分になるのか
1回聞いただけで1カ所も間違えずにちょうど良い具合に(顔をかわいくとか)仕上げるには、やはり何度か練習が必要なのだ。
動物の目は、一旦つまようじで刺した跡に黒ゴマを差し込むんだけど、
まあ細かい手作業~!
もし朝に寝ぼけた頭でお弁当に入れるために作るとしたら、特に黒ゴマの目は熟達しておかないといけないと思う。もうすぐ息子の幼稚園の運動会があるから、お弁当にいいなと思っていたけど、その日までに何度か晩ご飯はウインナになるな、こりゃ。要練習。

切って作った分を(衛生上)お持ち帰りはできないとこのことで、
伊藤ハムのピザに載せて焼いて最後に皆さんで食べましょう、という企画。
焼いて出来上がると、ゾウの鼻先が少しくるんとなったり、
ウサギの耳の先がちょっと色が濃いめに焼き色がついたり、変化が起こるんだって。素敵。

待てよ、作った分を食べるということは、間違えたからと言って
次々と切っちゃうと食べきれない量になってもったいないわけだ。
一つ一つ、慎重に、「顔が長すぎたかな?」「目が上すぎるかな?」など、ドキドキしながら進んでいく。
池原君が各テーブルを回って、質問に応えてくれたり、「ここはもうちょっと目を下に」とか
アドバイスをしてくれたり、「あ、いいね。上手!」とか褒めてくれたりするので、その度にホッとする。

でも、この「ドキドキ」とか「ホッ」が新しいことを習うっていいなぁ、って気持ちを思い出させてくれた。
思ったほど出来ないからこそ、早く練習してもっと上手になりたいって自然に思うんだな。

Dsc_0179


あっという間に授業時間は終わりに近づき、いよいよお楽しみのランチタイム。
食べてみると、もちろん、おいしいんだけど、予想以上に!おいしかった。
それは、一つ一つ、自分で手をかけ、時間をかけた、その結果だという気持ちがそう思わせたのだろう。
同じピザ、同じウインナなのに。

ウチに帰って、晩ご飯に、まずは簡単なウサギなんかを思い出しておくためにも、
息子に作ってあげたら、「おいしい!」と喜んでぱくぱく食べてくれた!
いやぁ~、ママはリオがおいしそうにご飯を食べてくれたらホントに嬉しいね~ん!
リオは、ブタさんを「ママ、半分こしよう」と優しく分けてくれた。きゅんっ。
そして、「明日の朝ご飯もウインナ食べたい~!」だって。

そうそう、今までウインナを加熱して食べると言うと、皮なしならフライパンでサラダ油をしいてから炒めるか、
粗挽きならゆでて、という2つの方法ぐらいしか活用していなかったけれど、
ピザに限らず、飾り切りしたら、トースターで焼く、っていうのが良いみたい。
油分も肉の中から出てくる分が表面ににじみ出てちょうどいいかげんになる。
これは発見。

最後に、私は2年前に今の家に引っ越したのだが、池原君も引っ越したそうで、
なんと、私たち、徒歩7ふんくらいの近所に家があることが判明!もぉ、ビックリ!
でも、池原君は東京に単身赴任してるし、ウインナおじさんとして全国を飛び回っているんだって。
近所で会う機会はあまりなさそうやなぁ。
でも、息子に自慢しちゃおう。
ウインナおじさんの家は近所なんだよぉ~、って。

【追記】

思い出した。
「ハム係長」というキャラクターが出来てるよ、と池原君が言ってたのでググってみたら、
facebookページが存在しているのを発見!
作り方の動画が見られるじゃないかぁ~。これは有り難い。
facebookアカウント無いと見れないのかな?

さらに、この件で6月9日にNHKの朝イチという番組にも出演してたんだっって!すごいなぁ。
こちらのページの下の方に掲載されています。

なんで子どもを殺すの?

ショッキングなタイトルで失礼。
猪熊弘子さんという翻訳家兼ジャーナリストの方の著書のタイトルである。

「なんで子どもを殺すの?名越康文の処方箋」

精華大学で行われた、精神科医の名越康文さんのオープン講義を聴講しに行って以来、
著書を読み進めていたところ、この本も検索でヒットして、図書館で予約していて、
今月の図書バスで届いた。

いじめの構造」もそうだけど、いつの頃からか「なんで?」とホントに純粋に思っていたこと。

一線を越えさせるモノは何なのか。
死に至ったケースと私たちの日常はどこが違うのか。

最近、特に子どもの虐待死がニュースになることが多い。
報道番組をあまり見ないようにしていても、ネットのニュースヘッドラインで目につくから、知ってしまう。
先日どこで聞いたんだったか、虐待で死ぬ子どもの数は1年に約50人だとか。
週に1回はこの国のどこかで、幼い子どもが親や保護者の手にかかって死ぬ。
4年前に一児の母親になってからは、ますます虐待死のニュースは重く響く。
でも、同時に私は弱者の視点に立ってみようとする性質があるというか、
子どもの立場で虐待のシーンと子どもの気持ちを想像してしまって相当苦しくなる。
なんてひどい世の中だろうかと気持ちが暗くなる。

この本の著者もジャーナリストという肩書きを書いてあるが、
ご自身が4人のお子さんの母親としての目線で、きれいごとじゃないリアルな声が語られていることに共感した。
特に2歳の双子の男の子の様子を描写した第3章の生々しい子育ての現実に
「うわー、双子はきつそう~」と同情の気持ちが自然とわき上がった。
女ばかりの家庭で育って私自身、息子が「魔の2歳児」期に、暴れん坊ぶりを発揮し出したときには
正直、きついなぁーと感じていたもの。

そういう親の視点を保ちつつ、感情的にならずに本のテーマに肉薄していく、というのは
本当は難しいのではないだろうかと想像する。
それを成し遂げて、この本はドキュメンタリーとしては、不思議な印象を与える。
問題に対する当事者意識が強く表れていて、私としてはそこに乗っかって(同調して)読み進めやすかった。
というか、すごい引き込まれた。

序章は、2007年に起きた連続児童殺害事件の裁判の傍聴席から畠山鈴香被告を記述するところから始まる。
「著者は一体なぜなんだろう」という疑問と同時にスズカの姿の中に自分の育児への疲れを見い出す。それに続く、名越氏の分析が明晰だ。

---
私たちが知っている鈴香被告は、畠山鈴香本人ではなく、新聞やテレビや雑誌などのメディアを通してのもの。報道を通して作られた、バーチャルな『スズカ』という記号にすぎないんです。そして母親たちはみな、その記号としての『スズカ』に自分を投影しているわけです。
---

そうなのだ、私たちが知っている、とか思ってしまうけど、本当は断片的な作られた記号なのか。
その記号について語ることで、自分の生活について言いにくいことも話題に出来たり、
考え直すきっかけにしたりしている、ということだ。なるほど。

他にもネグレクト=育児放棄など、スズカのように直接的に殺害するわけではないケースや、連れ子をしつけと称して死に至らしめてしまうケースが紹介されていくが、今年だけでも、一体何件そのようなニュースを見たことだろう?2007年出版された当時から虐待は減ったとは言えそうにない。

この本の4章と5章では、名越氏が担当した、とある母親のカウンセリングの様子が詳細に語られる。
子どもを虐待しているというレベルの人ではなく、子どもとの関係に悩んでいて、
自分の中の「スズカ」に怯えている、という。
この部分が強烈に「面白い」、と言ったら語弊はあるんだけど、
こんな風にカウンセリングのやりとりを横で聞いているかのように知ることが出来るなんてスゴイ。
それに何と言っても名越氏の会話の進め方、核心へ迫る展開が、もうドキドキの連続。
「あぁ、そういうことなのか。えぇ、話がそんな所へ!?展開が早い~!」と一気に読んだ。

私は、夫婦問題で悩んで行き詰まった時に合計4回3人の心理士の方のカウンセリングを受けた経験があるが、正直言って、うちお二人はほとんど私の話に相づちを打つだけで規定の時間を終了したぐらいの印象だった。帰り道、「聞いてもらって楽にはなったけど、何も解決の糸口につながらない」と思った。
3人目の先生には非常に的確なアドバイスもいただいて、そこから大きく道が開けた経験を思い出す。
その時もプロってすごいな、と思ったけど、
さすが名越先生、カウンセリングのやりとりも、著者の質問への回答も簡潔、的を得ている。
現在の問題から徐々にクライアントである母親が子ども時代にあった話を引き出し、本人が記憶にふたをしていた事件や感情に迫る。

核心部分は今回もブログで語るのは、何故だろう、気が引ける。
やっぱり興味がある人が自分で読んでほしいからだろう。
そうだ、本を読むことは単なる知識の吸収じゃない。
体験なのだ。
ドキドキしたり、うわぁーってなったり、終わった後しばらくフーッとため息をついたり。
映画と一緒だと言うと分かりやすいかも。
映画レビューでネタバレしてたら、読みたくないし、読んじゃったら映画見る気がなくなるもんね。

ただもう1点だけ、引用したい。
---
名越が勧める、自分への客観性を高めるためにできる方法のひとつが、「書くこと」だ。
「育児日記を半年続けることが出来たら、きっと生活が変わります」
(中略)
名越が提案する「育児日記」は、違う。
「買い物先でこんなことがあった、夫とこんな話をしたというようなことを書くんです。(中略)
自分の周りで起きたこと、それについて感じたことなど、半年間、がんばって書き続けることです。
それができれば、相当な効果が上がるはずですよ。
(中略)
自分と自分の属している世界に対する認識力、つまり自分がどういう人間なのかを見極める力が高まると思います。
---

最後の方に書かれていたこの部分を読んで、私は、ブログを書き続けていたことを
良かったんだなぁ、癒し効果だけじゃないんだよなぁ、うんうん、と深ーく頷いていたのだった。

Twitterが人気なのもやっぱり書くことの効果があるからかな。

この重いテーマ書いて吐き出したから今日は寝付けるかなぁ。

2011年9月20日 (火)

拒食症・過食症 eating disorder

振り返った時に、あれがターニングポイントになったなと思うような出逢いがある。
人との出逢いもあり、本との出逢いもある。
今日は、そんな本の話。

先日のエントリーに異常な空腹感、飢餓感のことを書いた。
痛みと同じように、空腹感も、私の感じている空腹と隣の誰かの感じている空腹を
手の平にのせてどっちが重いかなぁ、と比べることなんて出来ないのだ。
だけど、普段の私たちは、「お腹空いたね」「うん、ぺこぺこ。昼ご飯にしようか」等と
大体同じようなモノだと仮定して暮らしている。
私が経験したように、しっかり食べた直後に激しい空腹に何度も襲われるような異常な状態になっても、
周りの人々には、それは見えない。経験していなければ、その可能性すら思い及びもしないだろう。
みるみる痩せていく人を見たら「相当ツラく悩んでるんだろうな」「病気じゃないか」と思い至るルートの直結ぐあいに比べると、
みるみる太っていく人を見た場合、心配どころか、「運動不足なんかな」「甘い物食べ過ぎなんかな」という印象を与えがちなのではないだろうか。
「ストレス太りかな」と思い至るとすれば上々じゃないだろうか。

ここで、念のため明確にしておきたい点が1つ。
太っていること自体は本来は特にネガティブな問題ではないということだ。
とにかく、日本では痩せ信仰が異常で、標準的な体重、体型のイメージがまず痩せすぎのそれだ。
肥満で、健康上のリスクが上昇することは確率的にあるだろうけど、
中年期に入ったら、多少ぽっちゃりするとか恰幅よくなるのは、決して問題ではないと思う。
ベスト体重から10キロ太った状態の私が、これを断言できるのも、この本に出会ったおかげと言える。

「拒食症・過食症を対人関係療法で治す」 
精神科医の水島広子さんの著書である。


まず、目次の章立てを紹介したい。(私は、本を手に取ると目をやるのが、帯や表紙に書かれていること、著者の情報、そして目次だ。特に目次で全体像が見えるし、構成がしっかりと良い本は、ますます読みたい気持ちがアップする。)


第1章 回復を妨げてきた「常識」

第2章 摂食障害とはどんな病気か

第3章 病気を作る「性格」

第4章 過食のメカニズム

第5章 拒食のメカニズム

第6章 摂食障害の治療に必要な考え方

第7章 家族にできること

第8章 対人関係療法

第9章 摂食障害が「治る」ということ


どうだろう。映画の予告編を見て本編を見たくなるのと同じように、この本を読んでみたくなっただろうか?
目次が内容を如実に表してるでしょ?

第2章のタイトルに入っている「摂食障害」とは、eating disorder=「食べることに関する障害」という意味で、
拒食症と過食症の両方を含んだ上位概念だ。
この章立て全体からも、摂食障害という用語からも推しはかれる通り、
食べれない病気と食べ過ぎてしまう病気は同じ心の病気で、根っこの所は同じなのだ。
似ても似つかぬ双子の姉妹、とでも言ったらいいか。

第5章までで、この障害のメカニズムについて学ぶだけで、かなり改善の効果は上がると思う。
なんだか分からないけど、気がついたらこうなってしまって抜け出せないという穴の中から、
出口の光が見えた気分になる。
「知る」ということの力は大きい。

さらに、第6章から後半、著者の提唱する治療の道筋も分かりやすく受け入れやすい。
まずは「症状はストレスの表れと理解する」などの心構えを頭に入れて。
そして、対人関係療法の中で、特に私が気に入っているのは対人関係上の問題を「役割の変化としてとらえる」ということ。たとえば、子供が産まれたとき、「母親」という役割に慣れていくには数ヶ月から数年かかると思う。今までと違う役割を担うようになってストレスを感じてるんだなという見方でストレスに気づき、変化を受け入れられるようになるかどうか。この考えは人生の様々な岐路で応用がきくと思う。

そのほか、この本のいいところは、

1)全体を通して、専門的なことを紹介するのに、一般人が読んで分かりやすい平易な文体で書かれている。
たとえば、お医者さんが使う診断基準を掲載しているのだが、専門用語を一般向けに修正してくれる著者の心遣いが有り難い。

2)実例に基づいた詳しい症例が豊富で、その印象的な症例を、後に来る解説の中で「エリさんの場合は・・・」というように再び引いてくれている。
たとえば、このような。以下引用。
---
症例 マリコさん 高校2年生。小さい頃から勉強もでき手のかからない「よい子」でした。二歳下の妹が何かと学校で面倒を起こす子だったこともあり、共働きで忙しかった両親は「この子は大丈夫だから」とマリコさんのことをあまりかまいませんでした。中学三年のとき、マリコさんはちょっとしたいじめにあいました。そのとき、同級生の男の子がマリコさんのことを「デブ」と言いました。当時マリコさんは身長155センチ、体重55キロでした。(中略)母親が無理に食べさせると、吐き出すか、後で具合の悪さを訴えるようになりました。(略)
---

3) 説明に図や表や会話例が効果的に使われていて分かりやすくなっている。
たとえば、過食症の病理モデル、という図は環境因子、遺伝因子、社会的因子の関係を表している。
興味のある方は、本書を図書館なり本屋で立ち読みでもいいので、まずはパラパラと図表だけでも見るとなるほどと、うなづけると思う。

内容を網羅的に紹介するのは少ないスペースでは難しいし、何より自分で読んでほしいと思う。
最後に、この本が教える、これまた何事にも応用がきく大切な考え方を紹介して終わりとする。

第4章、4項の「過食の効用」から引用。
---
過食は、ストレス度を示すものであると同時に、ストレスを緩和するために身体が考え出した自己防御本能でもあります。(中略)過食のおかげでそれなりにバランスがとれているのですから、過食に感謝こそすれ、忌み嫌う必要はないのです。
---

これは目から鱗じゃないかい?
正負の法則。裏があれば表がある。

治るのには多少なりとも時間もかかるので、しばらくは、自分の中に棲んでいる「過食虫」のようなものに感謝しながら、共存しつつ、「私がホントに回復したら私から出て行ってよね。でも、今はアンタが引き受けてくれるおかげでバランスとっていけるんだもんね、あと少しのおつきあいヨロシクね」ってくらいのもんかな。

・・・・・
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2011年9月14日 (水)

お弁当をかわいく --- ウインナおじさん

息子の幼稚園では、ほとんど毎日給食なので、お弁当を作る機会は時々だけ。
去年の春、幼稚園の初めての遠足の時、お弁当が「さびしい~」と息子からダメ出しを受けた私・・・coldsweats02
親も参加しての遠足だったので、同じ組の親子達とレジャーシートを広げて座ってお弁当を開けたその時に。
みんなの前で言われちゃったのだ。
その頃は、子供がかわいいお弁当をそんなに望むモノだと思ってなかったのだ。
自分が子供の頃の記憶にそういう思いが全くなかったし。
息子には「あ~ゴメンね~」って謝った。
確かに他の子のお弁当を覗いていたら、いろいろと工夫してかわいくしてあった。ちと反省。

それ以来、私も多少は工夫するようになった。
ダンナも100円ショップで、お弁当グッズを買ってくるようになった。ゆで卵をハート型にする型とか。
最近は、息子も一緒に買い物に行ったときに、「お弁当にこれ入れて!」とキャラかまぼことかキャラふりかけをねだったりするようになった。
こどもちゃれんじにエデュトイとして付いてきた、車のライス型とか星の抜き型とかも
届いた当初はしばらくご飯の度に「型抜きする~」と楽しんだ。

幼稚園の夏期保育中の長時間保育に行く時は、毎日お弁当持参ということもあって、
だんだんと私もお弁当作りの手際がよくなってきた。
あんまり凝ったことはしないけど、ウィンナーを切ってタコさんにするくらいはチャチャッと面倒がらずにやるようになった。

実は、昨日、友人から連絡があったのだが、ウインナおじさん、または飾り切りマイスターこと
池原秀和氏の1日教室があるそうだ。
実は、池原君は高校時代の友達なのだ。
テレビにも何度か出演して今では有名人。
私もテレビ放映をビデオ録画して見たけれど、「ウインナの飾り切り」のイメージをはるかに超えた、
「作品」と呼びたくなるぐらいのレパートリーの広さと手際の良さは賞賛に値する。
わぁ~すごい~って思わず言ってしまう。
ゾウさん、ブタさん、ウサギさん、ヒヨコさん、ヒマワリ、エトセトラ・・・。
まあ、こちらの佐々木恭子アナウンサーのブログもご覧いただきたい。

伊藤ハムの社員で、元々はスーパーの実演販売で人気が出たようで、
テレビの取材で出演したりするようになって、去年「かんたん楽しい、食べておいしい!ウインナーのかざりぎりBOOK」という本も出版している。
この本の表紙、多分作れないモノは無い、と言っても過言じゃないなというレベルであることを思わせる。
このクリエイティビティ(創造性)は、私が今はまっているDIYにも通ずるものがある。
ウインナーを眺めていると、立ち上がる最終形のイメージ。なーんてね、私の想像だけど。

そして、池原君について書くならば、これを書かねば終わらないというのが、卓越した話術である。
昔からそうだったけど、喋りが面白いの~!
体や顔芸で笑いを取るタイプじゃなくて、基本的に喋りが立つ。
でも、大声を張り上げて、前に前に出るタイプじゃなくて、普通のトーンで喋ってて
ポロッ、ポロッて、面白いことを織り交ぜてきて、場を和ませてくれる。

今回の1日教室、9/27(火)10:30-12:30、西宮ガーデンズ内NHK文化センターにて。受講料1890円。
関西の方でご興味のある方は是非ご参加ください。申込はNHK文化センターへ。(TEL.0798-69-3450)
HPからなら直接申し込めます。
ウィンナー飾り切りの技を伝授してもらえるのももちろんだけど、きっと池原君の喋りが楽しいだろうなぁー。
ムック本もプレゼントって書いてる。なんと太っ腹。
私も行こうかな~。ダンナに受講費のご相談しよっかな。

2011年9月13日 (火)

小人体験

兵庫県立美術館で開催中の「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」に行ってきた。ちょうど一年前、アリエッティを映画館で見た後に、東京で開催されていると知った時、「めっちゃ行きたい~。関西にも来てくれないのかなぁ?」と思ってジタバタしていた。

以前のエントリーにも書いたけど、「借りぐらしのアリエッティ」という映画は、ストーリーや映像もさることながら、特にアリエッティの家の造りの美しさが印象的で、私は個人的にその家に惚れこんでしまったのだ。

古い家の床下に小人の家族がとても素敵な「家」を構えて暮らしている。生活の為の道具や素材や基本的には人間のモノを「借りて」くるか、自然界のモノを生かして作っている。ちょうど少し前に書いた「ブリコルール」という、ありものをいかに工夫するかという精神を体現した世界だ。DIY好きな人には一度見てほしい映画だ。

今回の展覧会では、なんと、その家が復元されていて、見に来た人が小人サイズになった感覚でその家に入っていって体験できるというのだ。あのアリエッティの部屋を実際に見れるのか~lovely!と関西での開催を知った時から期待はMAXに上昇。

加えて、アート好きの私は、いつか息子を連れて一緒に美術館に行くようになる日を楽しみにしていた。今回の展示なら、4歳半の息子でも楽しめるし、静寂の中、息子の声が響いてヒヤヒヤすることもないだろうと息子の美術館デビューに決めた。せっかくだから、私の妹とその子供(つまり私の甥っ子と姪っ子、6歳と10歳)も誘って、お出かけすることに。ありがたいことに天気にも恵まれた。

昼頃に美術館に着いてカフェで昼食を済ませて、いよいよ展示へ。日曜日だから子供がいっぱい!結構な混み具合だった。入り口で音声ガイドをレンタルし、開場に入る。

まずは庭から。クローバーの3つ葉が顔ぐらいの大きさだ。落ちているどんぐりはバケツ大。私の庭にもクローバーが生えてるから、そのことを思う。まるで小人になって自分の庭にまぎれこんだかのように想像すると楽しさ倍増。

次に、床下へ入っていく。映画のストーリーに出てきた通りにメッセージの角砂糖が置いてある。そこから、アリエッティの家に入っていく。そこにはあの憧れた空間が広がっていた!廊下の壁の壁紙は素敵な図柄。(包装紙を再利用している設定とのこと。)額絵には使用済みの切手が飾られている。

あ!大好きなアリエッティの部屋だ!しかし・・・、部屋の中には入れずドアと窓から見るだけだった・・・。がっかり~。くすん・・・weep。他の部屋は入れたんだけどなぁ。

お風呂を見て、リビングとキッチンの1室に入って、こここそ、ゆっくり見たい~と歩くペースを落とすと、息子が「早く次に行こうよ~」と手を引っ張る。私は棚から鍋から細部までじっくりと眺めて見とれたいのに~!あ、あ、あぁ・・・。別々に歩いても大丈夫なくらいに成長したら、お互い自分のペースで楽しめるのかな。

さて、もう1つとても良かったのがお父さんの作業部屋。お父さんはこの部屋で金属を加工したり、とにかくいろんなものを自分で作るのだ。木工ボンドの黄色い容器が椅子と同じくらいの高さで存在感たっぷり。ウチにも同じボンドあるなぁと同志のような気持ちがわいてくる。

一方、息子は、飽きてきたのか後半段々早足になってしまった。アリエッティの家を出て、種田陽平が手がけた映画の資料に関する展示のところに入ると、息子はさらに「もう見るところない」とでも言うように「はやくはやく~!」とガンガン先に進み、私の手を引っ張る始末。仕方なく、さーっと写真を見て通り過ぎ、詳しい説明を読んだりすることはできなかった。それでも、キル・ビルや有頂天ホテルの美しい凝ったセットもこの人が仕事だったのかと分かり、映画の美術の仕事ってすごいなぁと改めて感銘を受けた。結果的に図録を買う正当な理由が出来たわけで、あとでゆっくり堪能できるようにちゃっかり購入。

今回、映画の美術というものに改めて目を向けるきっかけにもなった。自分が意外と町や部屋の風景を細部まで見ているということも認識した。内田樹センセイもブログで「ハウルの動く城」に関して、細部の描写のリアリティを指摘していた。私もそういうの好きなのだ。

今回の展覧会、とても素晴らしかった。敢えて1点だけ、お願いしたいことを挙げるとすれば、子供がおもいきり触って体感できるコーナーを作ってくれてたら良かったなぁ、ということ。家の展示のほとんどの部分が「さわらないで」ということになっていて、小さい子供にとってみたら、それは「酷なこと」だったと思う。子供は本来、興味を持ったモノはすぐに触る。(1歳児が何でも口に入れるように。)私も息子が手を出した時に、「あー、触っちゃいけないんだって」と何度か制した。でも、葉っぱについてる露のしずく見たら触りたくなるよ、大人だって。子供に触らないようにさせるなんてかわいそうだ。夏の暑い日にアイスクリーム見せて「食べちゃダメ」って言うようなものだ。だから、息子は段々早足になっちゃったんじゃないかな。

まあ、10万人もの人が来場してみんなが触っちゃったら壊れやすくなるだろうなって分かるけど。会場の外に設置してたでっかい靴はよかった。その靴は写真撮影もOKだったし、息子と甥っ子と2人靴の甲の部分に乗って写真を撮れていい思い出になりました。

(あとね、音声ガイドは要らなかったかな。たいしたこと言ってなかったような・・・。映画で見て覚えてるもん。)


関西の方で興味を持たれた方はぜひオススメです。今月25日(日)まで開催。なんと中学生以下は無料なのだ!そりゃぁ、混むわなぁ。

おまけに、この兵庫県立美術館、友の会に入ると年間お得だって!後から知った・・・。来年度は入会しようかな。アートに触れる生活、したいもんなぁ。

また別途エントリーに書きたいと思っているのだが、この美術館は安藤忠雄建築で、とても魅力的な空間があちこちに存在しているし、海に面しているのだ。子供達、海沿いの大階段のところで夕方まで延々と遊んでた。遊具もないのに。

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2011年9月 6日 (火)

祝ってくれるかい?

たまには清志郎っぽいタイトルもいいかな。

今日は、このブログを始めてちょうど一年目にあたる。
おめでとう、我がブログ!

しかしながら、え?もう1年と思う。
「語学の穴」から枝分かれして出来たこのブログ、
振り返ってみると、この形をとって、迷いもありつつも1年間書き続けてきて本当に良かったと思う。

自分のペースで自分自身のために書いてきたけれど、
最近は有り難いことにコメントをいただくことも増えたし、
元来、書くことが好きだということも明確に意識できるようになったし、
定期的に読んでくれている人がいると思うとありがたく、自然と書くペースも少し上がってきて、
自分なりの書くスタイルというようなものも見え始めた。

この機に、読んでくれる方にお礼を申し上げたい。
私の分身であるこのブログを読んでくださって本当にありがとうございます。
感謝申し上げます!


実は、この8月の末まで、livedoorでブログ奨学生を募集していて、賞金に目がくらんで応募するつもりでいたのだけれど、最初に申込画面を送信した時にビジーでエラーが出てしまって、後でまた、と思っている間に、結局申し込まずに終わってしまった。というか、気が変わった。

このブログはこのままで自由に自分のペースで書きたいと思っているんだけど、もう1つの「語学の穴」ブログが、書きたい気持ちはありながら更新もほとんど出来て無い状態で、そちらに喝を入れるきっかけになるかなと思ったんだけれど、最後の最後に考え直してやめたのだ。
また来年でもいいかぁ、って。
今はまだ、もう少し自分の中から湧き出るものを待ってみようと思った。
こちらのブログと併せて2本、どういうペースでやっていきたいのか
自分自身で考えようとも思った。
(半年以上更新していないブログでも毎日アクセスはある。)

でも、とにかく、一旦、ブログ奨学生に申し込もうかな、と真剣に考えてみたことは結果的によかった。
何の強制力もなく、何の枠組みもなく、ただ書いている方が現時点ではいいだろうという気持ちでいることに自分自身気がついた。

昨日のエントリーにしてもそうだけれど、
書くという行為は、自分の中に潜っていく部分がある。
このブログの説明にも書いたように、
心の中の森があって、そこに落ち葉がうっそうと降り積もって、いつか腐葉土になって土に還っていく。
落ち葉を拾って、眺めて、名前をつけるだけじゃない。
もう葉っぱとは分からない程になっている深いところを掘ってみると、時々、化石か琥珀か結晶のように固くなった何かを発見する。
確かにこれはずいぶん昔に見たことがある気がする。
もう少し深く掘ってみたら、もしかしたら、一昔前に母が埋めた大事なモノが見つかるかもしれない。
そんな気になっている今日この頃なのだ。

幼い頃からこの森に親しみ、森の自然の恩恵を受けてきたのだ。
いつか私自身の肉体も土に還った後も、
私のコトバを拾ってくれる誰かがやってくるかもしれない。

2011年9月 5日 (月)

「生きなおすのにもってこいの日」

最近、読書ペースはやや落ちてきている。
本を買うお金がないってこともあるし、一番の理由は読むブログが増えたからかな。
積ん読本は、時々手をつけては数ページ読むペース。
それでも月に1度の図書館バスで、実用書以外に5冊くらいは借りている。

今月借りた中から、久しぶりに本の感想を書きたい。
今まで本の感想をブログに書いても、後で読み返すと、
本の内容は伝え切れてないし、断片的なことしか書いてないなぁと反省が多いから、
敢えて今回また感想文に挑戦してみようという思いがまずある。
しかし何と言っても、この本に感想を書かせるパワーがあるってことが大きな理由。

小説家・田口ランディさんの「生きなおすのにもってこいの日」というエッセイ。

ランディ本との出逢いは、姉が癌の宣告を受けた後に、どう前向きに考えても余命の短い姉と
ちゃんと向き合いたくて、必死で糸口を求めてもがいて、本を探していて見つけた、
「生きる意味を教えてください---命をめぐる対話」という対談本だった。
とても大きな出逢いだった。

その対談集もそうであるように、昨日読んだこのエッセイにも「生きる」というコトバが含まれている。
やはり、命とか死とか心といった、人間の根源的な問題、だけど、
正面から切り込むのは難しいテーマを、ランディさんは、ちゃんと地に足がついた言葉で語っている。
生きて存在している人間の手触りが感じられる文体だ。

3部構成の23章、様々なテーマが語られているから、短いブログエントリーの中で全部紹介するわけにはいかないけれど、大きな2本の軸がある。

ランディさんの実体験、主に家族にまつわる話。
引きこもりの末に餓死して腐乱死体で発見されたお兄さんのこと、
アル中だったお父さんを看取ったこと、など、
壮絶な体験だろうと思うのに、悲劇に走らず、むしろその「体験」をどう生きたかがリアルに語られる。
死臭のリアリティに圧倒されたとか、懐かしさを感じたとか。
さらにすごいのは過去を振り返って俯瞰して、自分がたどり着いた境地を家族の歴史の中で見つめていること。

もう一つの軸は、時事問題など社会の問題などに対するランディさんの考えが展開される章。
メディアが繰り返し送り出す紋切り型のヒューマニズムの語り口に違和感を感じる私は
こういう「生身の声」を求めているのだと思う。
共感すること、気づかされることが多い。

通り魔殺人、バラバラ死体殺人、放火、幼児虐待・・・。
毎日のようにテレビから流れる事件。
「悲しい事件」「許されない事件」って言うだけでは、心のモヤモヤが残る。
そのモヤモヤを敢えて言語化しようとする点で、ランディさんの姿勢に学ぶことが大きい。
「過剰な思い入れで死者たちに被害者像を投影するのをセーブしようとしている」とか。

私は悲しい感受性が強いのか、今までは、つらい事件を知っては心乱れ、涙を流していた。
でも、いつからか、これでもかと詳細に事件に関する情報を並べてみては、
最後にニュースキャスターは幾つかの手札を選んで読み上げているように聞こえはじめた。
悲劇性を極端にあぶりだして、まるで泣かせようとするドラマの演出にも似てる気までしてきた。

ちょうどランディさんが他のところでもそういう話をしているのを読んで、
被害者像を勝手に押しつけてないかということに気をつけるようになった。

私は15歳の時に母親を亡くしているのだけれど、
ある人が電話とかで喋る度に、「あなたがかわいそうでかわいそうで・・・」と涙声になるのが
不思議だった。もちろん気遣ってくれることを有り難いとは思うんだけど。

多分、そういうことなのだ。
私の母親の死という事件に関しては、私の方がその人より当事者で、
確かに私は言葉にできない大きな悲しみのただ中に長い間いた。
だけど、「かわいそうに・・・」と泣かれると、んんん?と冷める気がした。
当事者性を持って行かれてしまうと言ったらいいのか。

そう、この世の中は、そのような「定型句」であふれかえっているのだろう。
その何万倍もの「言葉になかなかできないような1人1人の思い」は、
一生懸命にならないと聞こえてこない。
聞こえてないのに、聞こえた気になっていたことが私にも今までたくさんあったと思う。

この本は、とても大切なことを教えてくれた。
そして、ちゃんと感想を書こうとがんばってみたら、思わず気づいた自分の思い。
私自身も定型句にまみれないようにともがいているこのブログ。

あー、そろそろ寝ないと、だ。

追記:ランディさんの小説も私はとても惹かれる。小説についても、またの機会に書きたいと思う。

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