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« こんまりさんの「人生がときめく片付けの魔法」読了 | トップページ | 納戸 ---名付けることは呪い »

2012年1月11日 (水)

汚部屋・考

昨日、ハワイ大学時代の友人が帰国中と言うことで旧交を温めた。
1つ前のエントリー「ときめきお片付け」を読んでくれてたそうで、ひとしきりその話題で盛り上がった。

私と彼女の共通点は
「モノを置いておける実家がない」
「海外移住したことがある」
だから、人生の節目節目で、モノをたくさん手放してきた。

私はハワイから日本に戻って11年、結婚して自営業を始めて子どもが生まれて、定住が長くなったことに加え、体調が万全でないこともあり、ここしばらく1階のリビングと寝室以外の「片付け」が停滞しがちだった。

一方、彼女は、世界各地を移動し、「断捨離」がかなり進んだようで、もうモノに執着が無いと言う。
部屋に求めるのは「神社のようなキンとした空間」だそうだ。

だから、モノが過剰な空間とか必要ないモノや手入れされてないモノが氾濫していると気が淀む、という点で、私達は激しく同意した。
私達は日本語教育が専門ということもあり
「最近は、『汚部屋』っていうコトバがあるねんで」と私は彼女に教えた。
(ブログ村の汚部屋カテゴリーのランキングはこちら)


「なぜそんなにモノに執着して溜め込むの?」
彼女は全く理解できない、と言う。
私は部分的には理解できるけど、概ね彼女の意見に賛成。
彼女は、そういう人達は、キレイな部屋になったら逆に病気になるのかも、と言う。
どうなんだろ?

私は、モノの量だけの問題じゃないと思う。
例えば、小説家・村上春樹氏は大量のレコードとCDをコレクションしている音楽マニアだそうが、著書を読むと、その1枚1枚のことをすごく大切にしているし、コレクションの全てを記憶していて、隅々まで気が行き届いているようだ。
実際に毎日音楽を聴いて=モノを生かしているようだし。
こういうのを「汚部屋」とは言わない。

昨日からずーっと、彼女と話したことを引き続き、あれこれと反芻している。
汚部屋発生の根源にあるのは何だろう。
「執着」だと言うけれど、なぜその執着が生まれるのか。

また、こう言い換えてみよう。
精神的に弱って、片付けなどしにくいウツ状態や引きこもりの場合でない、健康で労働(家事含む)と社会生活に従事できている人が、明らかに不要なモノを処分する能力をなぜ発揮できないのか。

もちろん、大事なモノや想い出のモノを捨てるのが難しいのは多くの人にとって共通だとは思う。
今、言っているのは、そのレベルの執着を絶つ事ではない。

紙袋が数十枚あふれているとか、コンビニでもらった割り箸が引出を埋め尽くしているとか。
紙袋が必要であれば、数枚だけ残して定位置にしまって不要分は捨てればいい。
割り箸はウチで食す場合は断って必要以上に増やさない。
というような行為がなぜ習慣化されないか。

Kamibukuro
(これはウチではありません)


chihaya仮説その1

本当に自分で主体性をもって、片付けをし管理した空間で過ごすことがどれだけ心地よいか経験したことがない。

chihaya仮説その2

「処分する」ことに異常な罪悪感や忌避感があるが、その自覚は無い。

chihaya仮説その3

「まだ使えるモノは捨てない」という密かな誇りを抱いているが、その自覚はない。

chihaya仮説その4

無料でモノがもらえるのはお得だと信じている。

chihaya仮説その5

いつか片付けようと思っている。

などなど・・・。


昨日は、そうして友人と話してスッキリした帰り道、精神的な変化が生まれ自分でも「あら?」と思った。
「ときめきお片付け」を読んで覚醒した感覚が、さらに研ぎ澄まされたみたいだ。
それが明確になったのが、直後に紀伊國屋に寄った時。
いつものようにざーっと本を物色して、パラパラとチェックしたのだが、「本を所有したい」という気持ちのレベルがすごく下がっていたのだ、この本好きの私の!

やっぱり気の研ぎ澄まされた人と会うと、いい影響を受けるのかな。
きっと、いろんなことを経て、私の中で「時期」が来たのかも。
こんまりさんの本の中でも、「ときめきお片付け」はちゃんとやれば誰でもできます、と書いてあった。
そうなのかもしれない。

別にモノが多くて雑多な部屋でも、部屋の主が本当に心地よく暮らしていれば良い、というのはあくまでも大前提。

過度の汚部屋は、ほこりがたまりやすい、掃除しにくい、カビが発生しやすい、モノが探しにくい、転倒しやすい、など、人間の潜在能力をダウンさせる要因だらけだということも言うまでも無い。

今日のエントリーは、私自身が、モノだらけになった納戸を普通の暮らせる部屋に変身させる道のりの序章。
昨日は、朝から段ボール10個ぐらい潰して回収に出したから。
今日は午後の2時間ほど、捨てる作業の予定。
写真、見たい?
恥ずかしいけど、ついに晒す?ヒャー(>_<)!

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整理・収納」カテゴリの記事

コメント

chihayaさん
大阪のお客様が、プレゼントなどでいただく時の「リボン」を収集してました。
「欲しい時に買えば、こんなに溜め込まなくていいのに~~」なんていいましたが、
「それがですね。5年溜め込んで一度でも役に立つことがあれば、嬉しいんですよ。」と。

たしかに、100均にはあるリボン。
でも、何年も溜め込んだリボンが、役に立つ!その瞬間がいい!
・・・そのために、押し入れは、紙袋や箱、リボンに占拠されちゃうんですけどね。

写真、楽しみ。何度も見に来てしまう。

マキマキさん、
汚部屋スペシャリスト!
汚部屋カテゴリー2位おめでとうございます。

リボン・・・大阪在住、ハイ、私もとっとく派です・・・(*^_^*)。
年に数回は活用してるんですけどね。
しかし、5年に1度は少なすぎますよねぇ。(^^;)。

そっか、この点も「溜める」と「貯める」の違いですね。
Aさん:ちゃんと場所を決めて「この中に収まるだけ」って決めて、必要な時にちゃんと使ってる
Bさん:活用してないのに量がやたら多くて、存在を忘れて他で調達してしまう、か。

いや、しかし、今日私もリボンの在庫を少数精鋭に絞ることにします!
昨日は納戸の寒さにやられて、あとでどっと疲れが出ちゃったので・・・。
(T_T)

「帰省中のお友達」のいさぎよさっぷりにはいつも感心しています。

私はもうちょい未練がましいかな?「chihaya仮説その5」タイプ。それほど重度ではないけど、紙袋なんかはいつのまにかぐちゃぐちゃになっちゃって、、、

ただ、ぐちゃぐちゃになっている状態はきらいじゃない。「いつかこれをすっきり片付けられるのね〜」と未来の状態を思い嬉しくなるタイプです。片付いた状態の家はとても好きだけどそれを長期で維持するための「こまめな片付け」ができないんですよね〜。

2月になったら「超大掃除」を計画しているので今は堆積している不要物をみて喜んでいるところです。

ところで「汚部屋」って何て読むの?

れれれさん、
ご無沙汰です~。

「汚部屋」の読みは「おべや」でいいと思います。
ブログ村のカテゴリーのURLを見ると「あれ?」って思っちゃいますよね。

「堆積している不要物を見て片付ける時の快感を楽しめる」というのはスゴイpositiveですねぇ~。見習いたいな。
よし、私も納戸を見てため息をつく代わりに「ふっふっふっ」とニヤついてみますわ。
「待ってろ、納戸、キレイにしてやるぜ」ってなもんですね。(^_^)

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