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社会

2013年3月 1日 (金)

田口ランディさんご本人を前にして

日曜日に尼崎で開催された終末医療に関するシンポジウムに行ってきました。
作家の田口ランディさんが講演されるということをTwitterで知り、即!申し込みました。
「ファンです」ということになるんだろうなぁ。
でも、その一言では言い尽くせない深い想いがある。

ちょうど4年前の今頃、姉が末期癌であることが分かり、私は激しく狼狽し、すがる思いで何かを探していて、ランディさんの本と出会った。


「生きる意味を教えてください-命をめぐる対話」

それ以来、ランディさんの本、15冊読んだ。
いつも「うわぁーっ」って思う。
心がざわざわする。

それで、今回、初めてナマのランディさんのお姿を目の前にして、声を聞けて、何かの空白が埋まった気がした。
あぁ、この人がランディさんなのか、と。
私がどうしようもない悲しみの淵でもがき苦しんでいた時に、支えになってくれた人が目の前にいる、と。

飾り気のない風貌、力強い声。
本の中で語られていたご家族の死にまつわるお話を、改めてご本人の声で語られるのを聞いた。
内容としては既に知っていることでも、その重みはまた格別だった。

お話の中でも印象的だったのは、死んでいく人はいろんなメッセージを送っている、という部分。
ちゃんと見ていないと見逃してしまうかもしれない、と。

私の母親も交通事故で瀕死の状態で入院したまま1年4ヶ月生きた。
体のほとんどの部分を動かすことができず、目も片目しか動いてなかった。
喉に穴を開けられて人工呼吸器を付けられていたから、声を発することができない状態だった。
私はいつも気になっていた。
いったいどの程度「意識」があるのだろう、と。
今思えば、ランディさんのお話にあったように、もっと話しかければよかったと悔やまれる。
あの頃の私は弱冠14歳で、仕方なかったとは思うけれど。

シンポジウムでは、「ホームホスピス」という施設が日本で広がりつつあるというお話。
姉も、癌だと分かってから、ホスピスや介護のことなど調べてたことを思い出す。
1つの施設はうちの近所にあってビックリ。

序盤に紹介された印象的なグラフがあった。
かつては自宅で亡くなる人の割合が約80%、病院で、が約20%。
その2つの線が1970年代に1度交差し逆転。
現在、自宅でなくなる人は約20%、だったかな。
でも、病院はベッドが足りず、癌患者でも退院を迫られる現状があるそうだ。

姉も入院していたとき、「早くうちに帰りたいよ-」と言っていた。
最期に息を引き取った時は病状が急に悪化した後だったので、臨終は病院で迎えたけど、直前までずっと姉のダンナさんが休暇を取って自宅で付き添っていてくれた。

とにかく、そうして姉が急逝したあと、私には大きな宿題が残された。
それが何なのかうまく説明することは難しい。

何度も何度も反芻して考える。
末期癌で余命3ヶ月の宣告を受けた後の3ヶ月を姉が何を感じ考え生きていたのか。

ランディさんの癌にまつわる小説「キュア」を読んでどう思ったのか。
私がお見舞いに差し入れしたエッセイ「できればムカつかずに生きたい」を読んでどう感じたのか。
でも、確かにランディさんの作品に出逢えたことを喜んでいたことは言葉の端々に出ていた。

それにしても何という偶然だろう。
縁を感じずにはいられない。
初めてナマのランディさんに会えた場所が、姉の地元である尼崎。
講演のテーマは終末医療。

もちろん今回、ランディさんのお話を直接聞けたこと、そしてホームホスピスなるものの存在をしったことは、心の中で姉に報告した。

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2012年9月14日 (金)

辺境ラジオ ---9ヶ月ぶりの公開収録&書籍刊行

昨日、辺境ラジオの公開収録に行ってきた。
8月の「嘘みたいな本当の話」、「みんなの現代霊性論」に続き、今回も当選。
ありがたいことである。

名越センセイのお話を生で聴くのは久しぶり。
前回の12月の辺境ラジオ公開収録以来だ。

今回は前回にも増して、名越センセイが熱かった!
日本の社会をなんとか救おうと、少しでも良い方向へ向ってほしいのだ、という想いが伝わってきて、私は目頭が熱くなった。

内田センセイが仰った通り、3.11の危機を乗り越えるために日本社会は良い方向へ向かい始めるのではないかという期待は、政治を見る限り、実現していないようだ。

でも、政治の退廃に荷担しているのは、我々、普通の一般庶民だということを両センセイは何度も繰り返し警鐘を鳴らし続けている。

教育の問題、いじめの問題、政治とメディアの退廃、全てが繋がっていると、
名越センセイははっきりとおっしゃった。

ある意味でこの社会で生きる私達は狂っている。
もしくはトラウマを抱えた市民達と言える。
まずは、その自覚を持つところから始めようと。
名越センセイは「おでこにバッテンつけとこう」という表現を使った。

日本社会には「いじめ」が蔓延している。
見て見ぬフリをする等、サバイバルするための方法が私達の血肉と化している。

内田センセイはおっしゃった。
子どもは「世界とはこういうものだ」と思ってしまう、と。
「こんなことはおかしい」という意識をもって、歯を食いしばっている人間と、「これが世界だ」と思っている人間は違う、と。

たとえば、テレビのワイドショーで毎日のように誰かのつるし上げをやっている。
私は、とにかくその手の番組をなるべく見ないようにしている。
視聴者としてその構造に荷担するのもイヤだし、とにかく気持ち良くない。

少しずつ出来る事はある。

私は内田・名越コンビに特別な何かを感じる。
すごく息が合っているし、お互いに補完し合っている。
最強コンビだなぁ。

今回の収録のオンエアは9月24日(月)午前2:30~4:00。
あとで、ポッドキャストで聴けるようになります。
興味のある方はぜひ!

それから、ちょうど今日、今までの辺境ラジオの内容まとめた本が出版される。
こちらもオススメ!

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2012年9月 2日 (日)

「みんなの現代霊性論」集中講義

先週の水・木・金と、相愛大学で行われた集中講義、「内田樹によるみんなの現代霊性論」に出席してきた。

「霊性論」とは何ぞや?
Amazon.co.jp上の、内田・釈先生共著の「現代霊性論」の解説にはこうある。
・・・
生とは、死とは、霊とはなにか?
お葬式から、タブー、霊能者、新宗教、カルト、占い依存症、スピリチュアルブームまで、現代の霊性(スピリチュアリティ)への現象学的アプローチ。

・・・

講義の方は1日3時間。
3日間合計9時間に渡ってお話を伺えるという、内田樹ファンにとっては貴重な機会だ。

実際、実に濃密な9時間であった。
今まで、大学の御講義を本にまとめた「街場シリーズ」を読みながら、何度も「こんな面白い話を直接聞けて学生さん達が羨ましい~」と思っていたけど、出席してみて、「わ!今、羨ましがられる側の経験をしているんだ」と高揚した。
最終日に元大阪市長の平松さんがご挨拶されて、同じ感想を述べられていた。

たくさんの笑いと感動と開眼と名言の数々が生まれた現場に立ち会えて深い幸福感に包まれた。

個人的にとても印象的だったことを2点、紹介したい。

キリスト教で言われるところの7つの大罪について。
最初は8つだったらしい。
「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」。
内田センセイはおっしゃった。
「こういうのを見たら、共通項を考えよ」
人間世界に到来する超越的な邪悪な力の媒介となるのが人間のこのような「罪」なのだとおっしゃる。
人間に危機的状況をもたらすこのような行為に共通するのは何か。
答えは「自己の拡大」または「自我の肥大」だそうだ。
一見、「憂鬱」「憤怒」「怠惰」は?と思うが、これらは非常に感染性の高い感情であると言われてみればなるほど、だ。

「大罪」と言われる理由について、一気に理解に達した。
「憂鬱」とか、すごく個人的なレベルの感情がなぜ罪なのか、今まで理解していなかった。
自我肥大は周りの人間を巻き込もうとし、時には排除しようとする。
そこが邪悪な力の媒介になるということは物語にもよく語られることだ。

そして、次の点。
これらの大罪は非常に危険である。
なぜなら、それはとても大切なことと「似ている」からだ。

人間の生きる領域と非人間的な領域の間のグレーゾーンを守るセンチネル、歩哨がいる。
霊的に感度の高いセンチネルの資質とは、他者の感覚と身体的に同期できる能力である。
それを共身体形成と言うが、「自我肥大」と「共身体形成」は一見、似ている。

そうかぁ~、そういう事か~!
たとえば、正義に燃える若者がいつしかダークフォースに堕ちていく。アナキンだ。
人のためにと思っていたら、いつの間にか自分のことばかりになっていたり。

ホント、気をつけなきゃ~。
自分は大丈夫だっけか?って頭が高速回転しながら自己チェックしてみた。
ブログを書くなんて行為も気を付けてないと「虚飾」に結びつきそうだ。
冷や汗(^_^;)。


さらに、今回の集中講義のオイシイところは、毎日日替わりゲストがあったこと。
1日目、新進気鋭の数学研究者、森田真生さん。
2日目、内田センセイの親友である、平川克美さん。
3日目、元大阪大学総長、鷲田清一先生
そして、仕切りが相愛大学の釈徹宗先生
釈先生は、ちょうど、この間、NHKで「落語でブッダ」という番組にも出演されて引く手あまた。

内田センセイのお話ももちろん非常に面白いのだけれど、釈先生と、また各日、後半のゲストとのやりとりがまさに化学反応のごとく、盛り上がった。

相愛大学は南港にあり、最寄り駅はニュートラムのポートタウン東駅。
今でこそ本町経由でずいぶん早く行けるようになったとは言え、自宅からは片道1時間以上の道のり。
遠かったけど、3日間がんばった。
ノートをガリガリ取った。
教室の椅子に座りっぱなしで段々と腰が痛くなってきたけど、耐えた。
学ぶにも身体能力が必要だ。
3時間座り続けても耐えられる程に体幹を鍛えよう。

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2011年12月28日 (水)

イブの夜に「辺境ラジオ」

クリスマスイブの夜に、ラジオの公開収録に行ってきた。
「内田樹と名越康文の辺境ラジオ」
辺境ラジオとは、大阪のMBS(毎日放送)で不定期に行われるラジオ番組である。2011年は今回で4回目。
深夜の放送の後、ポッドキャストになっていつでも聴けるので、今まで私はそっちを活用して、昼の家事の合間に聴いたりしていた。

前回から公開収録となり、今回はなんとイブの夜の開催。
私的には「なんて素敵なイブの過ごし方・・・(うるうる)」と思ってたら、
なんと、抽選に当たった!うぉーーーー!と興奮した。
ダンナが仕事休みで家に居る日だから、夜だけ外出させて、とお願いしてオーケーをもらった。

内田樹(うちだ たつる)センセイは、私の心の師匠である。
神戸女学院教授を4月に退官され、今は日本全国を飛び回って講演されたり、本をガンガン出版されている。
辺境ラジオでは「知の伝道師」と紹介されている。
ちなみにテレビは出演しない主義らしい。

名越康文センセイは精神科医で、コメンテーターとしていろんなテレビ番組に出演されているので、名前は覚えて無くても顔を見たら「あ、知ってる」という人も多いと思う。
(上のリンクをクリックすると辺境ラジオのサイトで写真を見られます)
(5月に精華大学でのオープン講義に行った時の話はこちら。)

司会は関西在住の方ならご存じだろう、「ちちんぷいぷい」の司会で有名な西靖(にし やすし)アナウンサー。

私は、なんと、端っこだけど1番前の席が空いてたので、
前の人の頭を気にせず、すごい至近距離で見れた~!
ちなみに収録は18:30開始で20:00終了予定を大幅に過ぎて20:20まで続いたけど、まだまだ聴き足りないぐらいだった。

内容はサイトに「ニュースを語る」という説明が書かれているけれど、その辺のテレビとかでやってる、「解決が望まれます」みたいなお決まりの締めくくりの、お決まりのパターンの討論とかじゃない。

とにかく話の次元がぜんぜん違う。
この「違い具合」をどう表現したらいいか、と考えてみたら、これは私が求めていた「大人の話」や。
私は若い頃からはやく大人になりたい気持ちが強かった。
そして、40歳になったとき、はたと思った。「あれ・・・、自分が大人になれてないかも・・・。」
でも、ここのところしばらく、内田センセイや名越先生のご著書を読みあさり、お話を聴き、
今では自分が年齢相応に(そこそこ)成熟した、社会の担い手と言ってよいであろう、と思えるようになった。

今回のお題は「聖夜に2011年というこの目茶苦茶な1年を振り返る」ということで、震災の話、原発の話、大阪の選挙の話、経済の話で出てし、年の暮れ、世界が平和に見えるイブの日に、今年起こったことを自分の中でどう受け止めてきたのか、などなど、改めて深~く考えさせてられた。

もう1回言うけど、とにかく、次元が、レベルが違うの。
とても深いけど、とても身近なの。あの話もこの話も繋がってるの。

名越センセイが喩えはったように、「忘年会行って、帰るのが遅くなって、ああ飲み過ぎてもうた~」という自分と、社会のことを考える自分が、乖離しない、ということが大事なんやって。

私が今ここから自分でできることは何だろう。
今回は特に名越センセイが熱く語ってくれ、既に1つの重要な答えを明確に出してくれている。

とにかく私は胸が熱くなっていた。内田センセイ、名越センセイの深い愛を感じた。
帰り道はずいぶん冷えていたけど、私の心は温まっていた。

最後に、特筆すべきはMBSラジオのスタッフの方々の、とても丁寧な対応と仕事ぶり。
当選の連絡、直接電話でくれたもの。

ぜひ、また公開収録やってください、お願いします!
応募者全員入れるぐらい大きなハコで。


・・・・・
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2011年10月11日 (火)

グローバリズムは終わったねぇ・・・

「グローバリズムは終わったねぇ・・・」
と遠い目をしてつぶやく・・・。

唐突に失礼しました。
我が心の師匠、内田樹センセイからのお達しなので、ブログでやってみました。


先日、朝日カルチャーセンター中之島で、内田センセイと平川克美さんの対談があった。
確かその10日ほど前にTwitterで流れてきたこの情報を発見した。
用事もない日だ。
ダンナが家にいる日だったので、息子を見てもらうことも可能だ。
料金3500円ぐらいかかるけど、平川さんのお話も一度直接聞いてみたいし、
よし、数ヶ月ぶりにナマ内田センセイのお声を拝聴しに行こう!と決意。

平川克美さんはRadiodaysという音声コンテンツ配信サービスの会社をされていて、
Ustream映像で語っているのを何度か拝聴したことがある。(無料視聴あり!)
内田センセイと定期的に行っている対談「たぶん月刊『はなし半分』」などの一部が
音声だけじゃなく、動画で見られるのだ。
この方は文学から経済から何でも語るすごいマルチな人だ。
内田センセイもそうだけれど。
お二人は、学生時代からの友人だということ。
阿吽の呼吸というか、語りの間合いの絶妙さが会話からにじみ出ている。

あのやりとりをナマで見て聴けると思うと、ワクワク感上昇!
これは、あの感じに似てる。
ホラ、プロモーションビデオではまってたミュージシャンが地元でライブをしに来たから
見に行く、っていう興奮。

実際、最初に内田センセイをナマで見た、養老孟司さんとの対談もすごいグルーブを感じた。
終わった後冷めやらぬ興奮に「あ、これ昔よく行ったロックのライブと同じや」と思った。

そんなこんなで、今回の対談。
3.11後ということでであろう、「危機からの脱出」というタイトルが付けられていた。

[朝日カルチャーセンターの講座概要より転載]
---
未曾有の大震災に見舞われた日本。復興の行方を左右する政治世界はいまだに揺れ続けています。想定外の事実が次々と現れる原発事故についても後追いばかりの対処に追われ、未だ解決策も見いだせていません。この大きな危機以降、日本の政治、経済、社会、メディアはどのように変わったのか、変わらないのか。混沌の今、私たちは何を学び、何を考えればいいのか。そして、どう乗り越えて行くのか。成長神話の終末と時代の転換期を生き抜く知恵を語り合った対談「移行期的混乱」から1年。二人が再び語り合います。
---

そうだ、あの日から半年以上経過したけれど、たくさんの人達の生活や地域社会の経済の基盤が揺らぎ、メディアや食の流通など問題が山積みになっている。経済のことは私は苦手というかよく分からないけれど、お二人の考えを聞きたい、と中之島へ向かった。

実際のトークは、ぶっとんだ内容だった。・・・と思う。
少しでも興味のある方は是非ダウンロードして聴いてみてほしい。
Raiodaysの「たぶん月刊『はなし半分』」のサイトはこちら
350円かかるけど、対談の3500円の十分の一の値段だから、リーズナブルなもんじゃないか?
ロックコンサートだったら、5000円のライブがライブCDになったら、その値段は3000円とかするもんね。

さて、その内容のぶっとび具合が伝わるので、こちらの文章を紹介したい。

[Radiodaysサイト内の収録内容の紹介文より転載]
---
大阪朝日カルチャーセンターでの対談からの収録で、
タイトルは『危機からの脱出』。
例によって二人の会話は、縦横に過激に逸脱。
冒頭、平川が、経済成長はもうありません。それは戦後の高度経済成長がなんであったかを分析すればわかりきったことであり、これからは縮小均衡の時代だと言えば、内田が日本鎖国論で応酬。不安定な外的要因を最小化するというリスクヘッジが鎖国であり、廃県置藩と大政奉還という荒業を披露する。
議論の行き着いた先は、遠い目をして「グローバリズムは終わったね」と会場の聴衆も含めてご唱和(笑)。
言葉の遂行性についてのお話でした。
これまでのふたりの対談のなかでも、インパクトの強い、聞き逃せない収録です。
---

もう私は内田センセイの文章やお話をけっこうたくさん読んで聞いていると自負しているが、
その私から見ても確かに今回はインパクトが強かった。
ご友人同士だから忌憚なく語れるのだろうけど、今回はホント特に。

さっきグルーブ感をロックのライブに喩えたけれど、こちらの紹介でも「過激に逸脱」と書かれている。
まさにロックンロール。

個人的に特に感じるものが大きかったのが、「日本は対米従属をどうするか」という問題に関する話だった。
ちょっと対談の内容から離れるけど、私自身のこのテーマに対する考えをまず書く。

私は、そもそも原発の導入経緯がアメリカの核平和利用キャンペーンの一環で、
日本はメディアによる心理戦術によって、原発容認へと大きく傾いたのだと、3.11後に知った。

でも、私は在住外国人の生徒さんに日本語を教える日本語教師という職業をやってきて約10年、
生徒さんとの意見のやりとりを通して、3.11以前から既になんとなくそういう気づきはあった。
「日本はアメリカの属国」という言い方を聞くことがあるが、それはあるレベルにおいて事実だ、ということ。
メディアと政治のわけのわからなさについて疑問を持ち続けていたら、ある日謎が「溶け」始めた。

なんか話がおかしくないか、なんか話がよくわかんないぞ、という時は、
アメリカの利権が絡んでいるという見方をしてみると、「説明できる」ことが多いと気づき始めた。
ある生徒さんとそういうことを話してみると、あっさりと「そうだと思うよ」という答えが返ってきたりした。

日本の政治はアメリカの国益を重視する。アメリカの国益を損なう政策は採らない。
メディアはアメリカの国益に反する内容は報道しない。

こう書いたからと言って、私はそのことを真っ向批判しているわけではない。
長い歴史的な流れがあって今までこうなってきたのだ。
きれいごとを言っててもどこにも行かないし。
私自身、ハワイに留学してつまりはアメリカに住んでたわけだし、あちらの事情も他人ごとでもない気もするし。


ただ、中学・高校時代、クラスで話し合いをしなさいと時間を与えられた時のけだるさを感じたことがある人はいるだろうか。
あのけだるさは、なんだったのか。
「まあ議論してもさ、どうせ先生がOK出す路線は決まってるしさ、その線で結論出しとけばいいんじゃない、一生懸命議論するのばかばかしいわ」っていう感じではなかっただろうか。

もしかしたら私たちは自分で考えて決定することに徒労感を感じるクラスにいるのかな?
でも、決して無力な訳じゃない。
内田センセイを見てるとそう思う。

それで、対談の中で内田センセイが言った「グローバリズムは終わったねぇ・・・」について。
内田センセイいわく、「モノを買うとき世界中どこでも1円でも安い方を選べ」というのがグローバリズムだそうだ。
なるほど。平川さんの解説によると、グローバリズムとは、アメリカの経済学者から発信されたやや過激な思想じゃないか、と。
そして、内田センセイの「本来、成熟した消費者というのは、値段だけでモノを買ったりしなかった」とのお話が胸に刺さる。

私はものすごい貧乏を経験して、貧乏性が身にしみついてるから耳が痛い。
安いモノはありがたい。
でも、最近は、本当に好きなモノ、ときめくモノを手にしたいという思いも強くなってきた。

世界と経済と政治は、決して庶民の雲の上の話ではない。
私たちが今日どこで何をいくらで買うか、どう思いながら買うか、もしくは買わないか、
どんな仕事をして、どんなモノやサービスを生み出して日々を暮らしていくか、
ぜーんぶつながっていると思った。


長くなったので今日はこの辺で。

2011年4月14日 (木)

内田樹・名越康文 著「14歳の子を持つ親たちへ」感想

昨日は4週間に一度の図書バスが近所に廻ってくる日。
午後、ダンナとケンカしてしまい、あやうく行くのを忘れかけて、終了時間ぎりぎりに予約した本達を連れて帰宅。
ケンカのモヤモヤを打ち消したい気持ちもあり、夕食後、最も心から読みたい本をまず手に取ってむさぼり読む。

14歳の子を持つ親たちへ

内田センセイ名越センセイの教育に関する対談。今私の中の旬のBIG TWO。
お二人それぞれの他の著作を読んでいるときも私は「せやねんなぁ」とか「あ、そういうことかー」とか、言ってはることがとても分かりやすいし、共感する部分が多い。
そのお二人が織りなす対話という点で、私にとってはモダン焼きの妙の如く、楽しんだ。

お二人とも、一応「教育」というトピックについて語っているんだけど、
そこにとどまらず、人間とか社会という大きい枠組みがいつも見えてて、
かつご自身の体験に基づいたリアルな実感を伴う話も多くて、
big pictureとsmall pictureの行き来が心地よい。

いくつか本文から抜粋して紹介したい。

内田「・・・単純な二元論ではなくて、「正常」であることのうちに「邪悪さ」があらかじめビルトインされているという全く新しい人間観に基づいて、行動を制御するノウハウを作り出していかなければならない。」

内田「起源において、人間的なものはすべてある程度政治的なんだけれど、その起源における「作為性」を僕たちは忘れてしまう。」

名越「・・・今ここのコミュニケーションが上手くいっているなら、その連続が結局は本質になっていくわけだから。」

ここ最近ずっと感じていることだけど、メディアが発するものに限らず、社会で一般的に言われている定説や常識や目の前で起こってることの裏にあるものを知りたいという思いがある。
二元論でしょ、建前論でしょ、物事の表面でしょ、それは、って思う時に、じゃあって、いろいろと自分で考えるけど、こういう本を読んでいると、「あっ、やっぱりそうやんね」って思う。

また、こうやって文章を書くときにも、常套句とかおきまりの文句をなるべく使わないでどうやって表現するかという課題に毎回直面するんだけど、センセイ達の鮮やかな妙技にほれぼれもする。

今日も睡眠不足だけど、さて、仕事に行こうっと。

2011年4月 8日 (金)

「いじめの構造」 内藤朝雄 著 Mechanism of Bullying by Asao Naitoh

どえらい本を読んでしまった。
図書館で借りてて、先週は地震後の精神不安定からか、目次と最初の数ページに目を通しただけで吐き気がする気がして、それ以上読めず一旦置いた。
今週になって返却期限も近づいたこともあって、読み始めた。

いじめの構造」  

サブタイトルは「なぜ人は怪物になるのか」。
これは私がずーっと昔から、たぶん幼い頃から知りたかった謎だ。
心理学の本をいろいろ読んで多少はヒントを得てきたが、この本は決定的だ。

たとえば、犯罪者になってしまった人の場合だと、生育歴とか性格傾向なんかが問題になると思うんだけど、私が恐いと思っていたのは、「いじめ」のように、ごく普通の人が集団の中で、本人の「意志」と呼んでいいのかも分からない状態でいじめに荷担していくようなケースだ。それが行き着くところまで行くとオウム真理教の地下鉄サリン事件のようなことにも至る。

この本では、「いじめ」のパターンの分析、それが起こる条件、そして被害者の分析、最後には(救いとなる)解決策が書かれていて、図式やチャートを使って大体においてとても分かりやすくなっている。

ひさしぶりに声を大にして叫びたい。
多くの人にこの本を読んでほしい!
私は4歳の息子がいる。
小学校、中学校でいじめにあわないか、加害者にならないか、一般的に親なら多少は気になるはずだ。

そして、自分自身を振り返って・・・、
学生の時にいじめられたことも、かるくいじめっぽいいじわるをしちゃったことも
学校生活が居心地悪かったことも、いろんなことが合点がいく(That makes sense)。

そして、私は考えている、村上春樹が描いてきた小説世界のことも、このフレームワークを通して、もっと見えることが出てくる気がする。

それに、今回の震災の後の政府の対応やいろんな反応を見ても、浮かび上がることがあるみたい。

ああ、今日は息子の幼稚園が早く終わるからお迎えに行かなきゃ・・・。
続きは次回。

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